先週、津地裁で、15歳の養女(当時)に性暴力を振るった男に懲役18年の実刑が言い渡された。2017年の刑法改正で新設された監護者性交等罪が生きた判決だった。
男は裁判で「二人(妻と養女)の『嫁』がいる感覚だった」と話したという(「嫁」だ!)。報道によれば、男は養女に、要求に応じなければスマホを禁止する、祖父母にも会わせないなどと言ったという。日ごろから感情をコントロールできずに暴れるなどして家族を痛めつけてきたが、女の子の母親も経済的にこの男に頼るしかなく、逃げ出せなかったという。
先週は、伊藤詩織さんの高裁判決もあった。一審に続き、詩織さんの主張が認められた。詩織さんは、就職活動中に当時TBSの社員だった山口敬之氏に出会った。山口氏は性行為に同意があったと主張し続けているが、そもそも自分より圧倒的に立場の弱い就職活動中の女性を、立場のある既婚の中年男性が1対1の酒の場に誘うこと自体が問題だった。意識がほぼない女性とのセックスに同意があったと考えること自体が問題だった。そのことが長い間、問題にならなかった社会が問題だった。裁判を通して私はそのことに何度も気がつかされた。
津の裁判で、検察はフラワーデモについて触れ、「刑事司法に対し、一般社会から厳しい目が向けられていることを刑事司法に携わる法曹一人ひとりがしっかりと心にとどめなければならない」と話したという。フラワーデモは今年で3度目の春を迎える。今も日本全国+ロンドン、バルセロナで毎月11日性暴力根絶に声をあげる人たちが街に立っている。3年前、「刑事司法の素人が感情的に騒ぐな」とフラワーデモを嘲笑した法曹界の人が少なくなかったことを思えば、今回の検察の言葉は、諦めずに声をあげてきた人々の声が届いているのだと希望を持てる。
そう、私たちは変えられるのだ。15歳の子どもに性虐待しつづけた男は、2017年の刑法改正前だったら有罪になったかどうかわからない。有罪になったとしても18年は無理だった。また、詩織さんのように、就職活動中に被害にあう女性は後を絶たない。それでもそのことが「事件」として認識されるようになってきたのは、詩織さんのように諦めずに声をあげる人がいたからだ。それでも、まだまだ足りない。立場を利用した暴力に、立場をもっている人自身がもっと繊細になるべきなのだ。