羽生結弦選手
羽生結弦選手

■本当にありがとうって

 10日、北京時間午後12時14分。「天と地と」の力強い琵琶の音で滑り出す。臆することなくスピードを上げていくと、アクセルを踏み切った。ほかの4回転とは異質ともいえる回転速度でまわると、右足で降り、弾かれるように後方へ転ぶ。誰も見たことのない、天を貫くような鋭い回転だった。

「これが、これが4回転半の回転の速度なんだ。僕しか感じたことのないものだ」

 すぐに起き上がり、続く4回転サルコーを跳んだが、力がやや入らず転倒。それでも気持ちは切れず、残るジャンプは次々と成功させた。演技を終え、天を見つめる。6秒間手を挙げた、フィニッシュポーズだ。

「今できる羽生結弦のベストのアクセルという感じがしています。サルコーの転倒は大きかったと思いますけど、それも含めて、あの『天と地と』の物語なのかなっていうふうに思いながら滑っていました」

 リンクから降りる時、氷にそっと触れ、その氷を顔にあてた。

「本当にありがとうって思って。ショートであんなことになっちゃって悔しかったし、報われないなとかって思いながら、最終的にはやっぱり、ここまで跳ばしてくれてありがとうって思いながら、感じてました」

 結果は、フリー188.06点、総合283.21点での4位。しかし、羽生は扉を開けた。4回転半の世界を感じ取り、そして私たちに見せてくれた。

 彼の飛翔(ひしょう)は、永久に消えることのない、羽生結弦の魂そのものだった。(ライター・野口美恵)

AERA 2022年2月21日号より抜粋

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