
ただ、「どこに行けばあるっていう法則性はまったくない」と言う一方、「長野県には『いい物件』が多かったですね」とも言う。「不思議なんですけれど」。
その理由について山田さんは、長野県に暮らす人々の性格と関係しているのではないか、と推測する。
「長野県人は真面目で頑固者、という説がありますが、私には、優しくていい人っていう印象が強いんです。だから、ふつうだったら、こんな変なところに咲いている花は引っこ抜いてしまえ、となるのが、そっとしておいてあげるのかもしれません」
ちなみに、遠出の撮影の際は「温泉とか、何かほかの用事とくっつけて行く」そう。
「もし、ぜんぜんお目当ての花が見つからないと、ちょっとむなしいので。まあ、どっちがついでというわけじゃないんですけど」

■花を結わえたひもに感じる人の優しさ
作品を繰り返し見ていくと、それは「花を撮った」というよりも、周囲の風景を広く写し込んでいることに気がついた。
「そうですね。花そのものを撮った、というわけではないですね。そのたたずまいを撮ったというか」
その言葉で気になったのが、道路の縁のコンクリートのすき間からひょろっと生えたタチアオイの花。よく見ると、その茎が家の柵にひもで結ばれている。
「そこがいいんですよ。なんとなく守ってあげているっていう感じがする。生えてきちゃって、しょうがねえな、ちょっとしばってやるかって。完全に自然なたたずまいもいいんですけれど、人の優しさがちょっと入っているのもいい」
山田さんは若いとき、全国の色街を撮影し、注目を集めた。「ちょっと、やばいところに入っていきたい。それを写真にしたい」という欲求があった。しかし、だんだん歳とともに自分の原風景を写してみたくなったという。
「まあ、今回の作品を見ると、『なんかこの人、これまでとはぜんぜん違うことをやっていて、訳が分からない』と思われるかもしれませんが、それで結構です。自分のなかではまったく納得してやっているので。はい」
たまたま種が飛んできたのか。誰かがそっと植えたのか。そこに咲いてしまった花は「ここに生まれてしまった自分」を映す鏡のような気がするという。
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】山田秀樹写真展「そこに咲いてしまった花」
Place M(東京・新宿御苑前) 2月21日~2月27日