ところが、米国の天文学者エドウィン・ハッブル(1889―1953)は、遠方の銀河が我々から遠ざかる速度とそれらの銀河までの距離が比例している観測事実を論文にまとめて1929年に出版しました。
通常、この比例関係はハッブルの法則と呼ばれ、宇宙が膨張している観測的証拠として知られています。
ハッブルの研究結果から観測的には宇宙が膨張していることを知ったアインシュタインは、1931年の論文で宇宙項がもはや必要ないことを認め、それを撤回しました。その際に彼は「宇宙定数の導入は自分の人生最大の失敗だった」と述べたとされています。あのアインシュタインでも間違えるのかという驚きもあり、「人生最大の失敗」という言葉は広く知られるようになりました。
ところで、ベルギーのカトリック司祭で宇宙論の研究者でもあったジョルジュ・ルメートル(1894―1966)が、ハッブルより2年早い1927年にこの比例関係を発見していたことが明らかになっています。残念なことに、彼の原論文はフランス語で書かれており、しかもあまり有名ではない雑誌に掲載されていたため、その事実は長い間ほとんど知られていませんでした。この事実が広く認められるようになったため、世界中の天文学者の組織である国際天文学連合は、2018年、今後はハッブルの法則ではなくハッブル・ルメートルの法則と呼ぶことを推奨する決議を可決しました。
■蘇るアインシュタインの宇宙定数
このように、宇宙が時間変化していることが定着すると、宇宙定数は理論的にはもはや不要なお荷物だと見なされるようになりました。その一方で、宇宙定数が存在しないことを証明するのもまた極めて困難です。しかし、宇宙論研究者の大半はそれをほぼ無視し続けていました。
ところが、アインシュタインが撤回してから半世紀以上経った1980年代末頃から、宇宙の観測データの質と量がともに飛躍的に向上し、実はΛ項がやはり必要ではないかと考えられ始めたのです。私が博士号を取得したのはまさにこの時期であり、実際に宇宙定数を主たる研究テーマとしていました。
特に日本においては、1990年代初めには、宇宙論の理論研究者の間で、宇宙定数が存在することはほぼ確実だとの理解が共有されていました。国際的には、米国のプリンストン大学やテキサス大学、英国のケンブリッジ大学など、宇宙定数の存在を支持するグループもありましたが、それらはむしろ例外で、懐疑的な研究者が多数を占めていたと思います。これは今から思えば、かつてのアインシュタインと同じく、美しい理論に不自然さを持ち込むべきではないとの価値観に引きずられていたためだったのでしょう。