人の数だけ物語があるように、猫の数だけ物語がある。人生いろいろ、ニャン生もいろいろ。好評発売中のAERA増刊「NyAERA(ニャエラ) 2022」には、きっと誰かに優しくなれる「人と猫との物語」が盛りだくさん。その一部をお届けします。
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鉄塔が傾いている。陸橋を渡る列車は狙われている。家は巨大な爪で引っかかれ、屋根が飛びそうだ。まさに“ニャジラ”。しかも群れを成している。
大阪市のジオラマ食堂は今日も盛況だ。中央で一にゃん一にゃん紹介してまわるのは、「ネコじい」こと、寺岡直希さん。
なぜジオラマと猫という奇跡のコラボが生まれたのか。
■ジオラマはボコボコ
寺岡さんが鉄道カフェを始めたのは2006年のことだ。だが、鉄道と飲食は相性がよくない。熱心なファンは珈琲1杯で何時間も店にいる。試行錯誤の末、16年、民間学童を始めた。保育所や児童発達支援・放課後等デイサービスも始め、もう少しで収益化できる。コロナ禍が襲ったのは、その矢先だった。
「悪夢でしたわ。学童も閉めなあかん、給料が払われん」
経営は逼迫、20年6月には給与の支払いが遅れ、寺岡さんは絶望の淵にいた。そんなとき、生後間もない子猫を保護したことをきっかけに、界隈に暮らす母猫と子猫たちの存在を知る。
「こいつら、このままなら間違いなく死ぬ、と思いました」
疲れ果てていたが、寺岡さんもスタッフも「助けなければ」と思った。猫たちの食餌の世話をするようになり、保護の申し出があったとき、逡巡した。「家族をバラバラにするなんて、あかんでしょう」。寺岡さんは心を決め、猫たちを引き受けた。
ある夜、元気盛りの子猫たちが不憫でケージから出して帰った。翌朝、スタッフは壊れたジオラマと、幸せそうに眠る子猫たちを見ることになる。「一生懸命作ったジオラマがボコボコ」だったのに、笑顔がこぼれた。
こうしてジオラマ食堂は、猫が闊歩する食堂になった。いま、2階には猫ホテルがあり、新しい家族を待つ保護猫あいがいる。