写真はイメージです(Getty
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 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、ロシアのウクライナ侵攻について。

【時系列にわかる「ウクライナを巡る動き」】

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 ロシアは日本の隣国である。

 ロシアを旅し、日本からのあまりの「近さ」にそう実感したことがある。初めてのロシア旅行は8年前のサハリンで、以来、ハバロフスク、モスクワ、サンクトペテルブルクを観光で訪れてきた。ハバロフスクは成田から2時間30分の飛行時間でつき、時差もたった1時間のロシアだ。

 ハバロフスクを旅したのは真夏だった。極東ロシアにも夏はあり、Tシャツ一枚で公園の屋台で売られるアイスを食べながらアムール川沿いを歩いたりなどしていると、ダンスの練習をしているおばあさんたちの集団や、「どこから来たの?」と陽気に声をかけてくるお兄さんや、韓国からの観光客団体と何組もすれ違ったりしたものだ。サングラスが必要なほど日差しも強く、中国との国境にも続くアムール川の水面が黒く光っていた。中国語の名前は黒竜江といい、私はやっぱり漢字圏の人間なのだと意識させられる。アムールより黒い竜っぽいよね、この川は。などと思ったりした夏が懐かしい。

 今、ロシア人の声が聞こえてこない。ドンバスに暮らす人々の声が聞こえてこない。街が破壊され、生活が壊され、人生を奪われるウクライナ人の姿に胸が締め付けられる。勇ましく愛国を語る者たちの声は聞こえてくるが、息を潜めるように闇を見つめている人たちの声が聞こえてこない。世界の景色は一瞬で変わるものなのだということを、新型コロナウィルスを体験したから、知っていたはずなのに、それでも今回の戦争の痛みには言葉が見つからない。

 ロシアを旅して驚いたのは、そこには日本に生まれた私が感じる「なつかしさ」をたくさん見いだせたことだった。誰もがロシア民謡や、ロシアの物語を一つや二つは知っているはずだ。なにより近代日本文学と呼んでいるものもロシアの影響なしには発展しなかった。「雪娘」や「森は生きている」など、ロシアの童話や物語に夢中になった子どもは少なくないだろう。

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ロシア文学に傾倒していた宮沢賢治の世界