作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、代理出産について。
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もう8年も前のことになるが、バンコクのマンションで9人の乳幼児が保護された事件があった。衝撃だったのは、子どもたちの遺伝的父親は1人の当時20代の日本人で、全ての子どもを代理出産ビジネスで得ていたことだった。報道によれば、男は代理出産を仲介する会社で「毎年15人紹介してほしい。100人から1000人の子どもがほしい」と話していたという。タイは、この“事件”の翌年に、外国人の代理出産制度の利用を禁止している。
男性は罪を犯したわけではない。合法的に自分の遺伝子を受け継ぐ子どもをもうけた、“だけ”ともいえる。虐待の証拠はみられず、生まれた子どもたち一人ひとりにベビーシッターをつけるなどして、子どもは健康に保護されたという。結局、最後まで男性の動機はわからず、そしていま子どもたちがどのような状況にあるのかもわからないが、こういったことは、代理出産がビジネス化された時に必ず起こりうることであろう。
いま、日本でも代理出産を合法化する準備がはじまっている。2020年に生殖補助医療法が、多くの人の反対を押し切って成立したが、その時に保留された代理出産に関する議論がはじまり、どのような形であれ合法化される可能性が高くなってきた。自民党の野田聖子議員や立憲民主党の塩村文夏議員など、党を超え、生殖医療に関心を持つ女性議員が熱心に関わっている。
代理出産とは、「する」側からいえば、自分の子宮を使って、他の人が育てることになる子どもを妊娠・出産することである。自分の卵子で妊娠することもあれば、他人の卵子と精子の受精卵を着床させて妊娠することもある。いうまでもなく妊娠・出産には死亡のリスクも伴う。いわば自分の身体を、自分の健康と命のリスクをかけて、他人の人生のためにレンタルする行為だ。
私が代理出産の存在を知ったのは1990年代半ば頃だ。その頃、日本で初めて代理出産斡旋ビジネスが誕生している。アメリカのカリフォルニア州で代理出産をマッチングするためのコンサルタントビジネスで、ビジネスをたちあげた女性はあの頃、時の人だった。当時、私が女性誌などで目にした論調は、基本的に肯定的なものだったことを覚えている。子どもが欲しくても得られない夫婦の新しい希望のように描かれていたし、また、アメリカでは男性どうしのゲイカップルの新しい家族の形なのだ、という「アメリカすすんでる!」みたいな雰囲気が先行していた。