あるいは新橋の中華料理「新橋亭」の昭和史。食通の谷崎潤一郎の知られざる一面から、戦後の政界再編にからむ宴席の様子まで、<壁は戦後史に聞き耳を立て、カーペットはたくさんのエピソードを吸っているようである>。
一方で森さん自身の幼少期の甘い記憶も披露される。たとえば渋谷の「西村フルーツパーラー」で父が買ったシャーベットに付いた保冷用のドライアイスを丼の水に入れて遊んだりと、「昭和」の子どもが共有した体験が甦(よみがえ)る。
「子どもの頃に食べた味って忘れない。誰と行ったのか、その時の風景、店の雰囲気とか店の人のしぐさが味にプラスされているんです」
そして同時代的な共感を覚えたのは昔ながらの喫茶。ここでは本郷の「こころ」「ルオー」「麦」、神田・神保町の「さぼうる」「ラドリオ」「ミロンガ・ヌオーバ」「ショパン」の7店が選ばれているが、いずれも昨今のカフェにはない風格に魅せられる。
「とても落ち着くんですよ。なんともいえない感じ。もう、それだけ!」
シメは東十条の焼きトンの名店「埼玉屋」店主の言葉を。<金儲けるの趣味じゃないんだ。うれしそうに帰るお客さんを見るのが楽しみなの>
(ライター・田沢竜次)
※AERA 2022年4月4日号