「正しい反応だと思います。するすると観ちゃったけど『あれ? なんだったの?』と思う人がいてもおかしくない。センシティブで非常な高みに到達している映画なのに、あらすじだけ言えば男女の物語で、まるで高級なトレンディードラマのよう。それをやってのけるところが濱口監督のすごさなのです」
そこには昨今、日本映画界から失われてしまった魂があると樋口さんは言う。「60~80年代初頭までの日本映画界には作品や作家が観客をリードするという意識があり、観客側もそうした知的刺激を待望していました。しかし森田芳光監督の『家族ゲーム』や大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(ともに83年)あたりをピークに、その関係性が完全に崩れてしまった」
観客にわかりやすいものを提供することが監督に求められるようになったのだ。いまやそれが作り手にとっても当たり前になってしまった、と樋口さん。
「そんな状況で濱口監督はそこから一人離れ、しかも居丈高に『観客をリードする』と振りかぶることなく、やわらかな自然体で自分の作品を作っている。映画とはこうあるものだ、が感じられてうれしいんです」
■距離感が現代にハマる
濱口作品が描く「時間」と「距離感」も魅力だと樋口さん。
「いまの時代はコンプライアンス的なことを含めて『距離ありき』で人に踏み込めない。みんなが人と人の距離感や境界に敏感になっていて、その過度な雰囲気を『ちょっと行き過ぎている』と世界中が感じている。この映画で家福とみさきが、時間をかけて会話をしていく様子は、人が人に踏み込むことの困難さと『それにはやっぱり価値があるのだ』ということを、世界共通に体感させてくれたのだと思います」(樋口さん)
前出の芳賀さんも言う。
「濱口作品はそのよさをはっきり言語化するのが難しい。僕も1度目は『なんだこりゃ』と正直、思いました(笑)。ただこの映画は意図的にすべてをセリフで語ってくれている。悪い言い方をすると説明過多、よく言えばわかりやすい。セリフのひとつひとつを咀嚼(そしゃく)し、自分が共感しやすいポイントを見つけていくこともひとつの見方では」
「ドライブ~」の受賞で日本映画界に変化は起こるか。「残念ながら何かが飛躍的に変わるとは思えない」と識者は声をそろえる。ただ希望はある。
「韓国の映画やドラマは世界で大人気で、日本映画は旗色が悪いと感じています。そのなかで濱口さんのような突出した才能が生まれたのは大きなチャンス。今はまだ国内市場を想定した作品が多いけれど、海外を狙った企画が生まれてくれば、活気づくと思います」(芳賀さん)
続く才能を育む環境づくりも、日本映画界に求められている。(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2022年4月11日号より抜粋