TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。7月半ばに早稲田大学で行われたライブについて。
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7月12日午後、僕は早稲田の大隈講堂にいた。「村上春樹presents 山下洋輔トリオ 再乱入ライブ」のリハーサルを見て、なぜかドイツ・ホッケンハイムにF1グランプリを見に行ったことを思い出した。人影のない客席に山下トリオのアンサンブルが響き渡った。無観客のサーキットを3台のF1マシンが抜きつ抜かれつ、フルスロットルで走り抜ける感覚を持ったのだ。僕は自由という心棒を打ち込まれ、ゆさゆさ魂を揺さぶられた。「これはあくまでも試運転。本番ではとんでもないことが起こる」
ステージでは着々と準備が進んでいた。特にピアノの音響には入念なチェックが施された。村上春樹さんが名付けた「再乱入ライブ」は、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)開館以来最大規模のイベントになる。数時間後に詰めかけるだろう観客の歓喜を想像して身震いした。
フィリップ・セトン駐日フランス大使夫妻も訪れるという。ソルボンヌ大学で歴史学を専攻した大使もライブを熱望していると聞いた。考えてみれば、60年代、世界同時多発した学生運動のさきがけはパリ五月革命だった。
「これはちょっと、すごいことになります」。会場入りした春樹さんに山下トリオのリハの模様を伝えると、そう、と一言。いつものリラックスした微笑(ほほえ)みはない。幾分(いくぶん)緊張しているようだ。大隈重信の肖像が掲げられた貴賓室の天井は高く、アンティークの大きな柱時計は止まっていて、外では細かな雨が降っていた。
リハを終えた山下洋輔さんを楽屋に訪ねると、「サックスの中村誠一、ドラムの森山威男とあっという間にあの頃に戻りました。音さえ通じ合えばそれがすべて。曲も、順番も全て1969年当時と同じでやります」