元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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安倍元首相の銃撃事件について書く。犯行そのものの衝撃はいうまでもないが、私がさらに恐怖したのはその後に起きたことであった。
新聞もテレビもネットニュースも、犯行は民主主義への挑戦、テロリズムであり断じて許されないとして、犠牲となった元首相がいかにかけがえのない政治家であったかを盛んに報じた。私が購読している朝日新聞も、その功績でほとんどの紙面をぺったりと埋め尽くした。
無論、少なからぬ功績があることはわかる。
でも朝日新聞はこれまで、元首相についてはその政治姿勢や様々な問題や疑惑を批判的に報じ続けてきた。それはマスコミとしてそうすべき理由と信念があったからではなかったか。そのすべてが、この事件で一気に「なかったこと」になったかのようで驚いた。
その影響は決して小さくないと私は思う。元首相を批判してきた人も一気に口が重くなった。というか、朝日新聞自体も批判により批判されることを恐れ口を慎んだのだろう。他のマスコミも同様だったと思う。かくして批判はタブーという空気が一気に広がり、ますますものが言いづらくなった。無論私も、この件で何か発言することには頭の中で警報が鳴っている。