一方、指導者として桑原さんが大切にしてきたのは、シュートにせよドリブルにせよ、子どもの好きなプレーを磨くことだ。
「戦術はほとんど教えないから、低学年のうちは自由に攻めて守って、ボロボロにやられます。でも、だんだんと自分でボールを運ぶ力、自分から動いてパスをもらう力が身についてくる。それぞれの個性を生かしてプレーできるようになり、低学年のうちは全く歯が立たなかったチームに勝つようになるんです」
暴力や暴言に走らない指導者を養成する取り組みも続く。日本スポーツ協会ではコーチ育成のための「モデル・コア・カリキュラム」をまとめ、全国の体育系大学でカリキュラムに基づいた教育が行われている。大阪体育大学でも16年から暴力に頼らない指導理念や思考判断を学ぶ「運動部指導実践論」を開講し、より深く学ぶセミナーも実施してきた。同大の土屋裕睦(ひろのぶ)教授(スポーツ心理学)は言う。
「体罰は悪ですが、指導者に悪意はなく学びが十分でないだけというケースは少なくありません。私たちにも、これまでコーチ育成をトレーニングの技術論中心に行ってきた反省がありました」
■最初は体罰容認の声も
講座では、学生たちが議論しながら学びあっていく。同大で学ぶ学生の大半は各スポーツのトップ層で、講座開始時のアンケートでは教育のための体罰を容認する声も一定数ある。
「『あのとき先生が殴ってくれたから今の自分がある』と考える学生もいます。それでも、ほとんどの学生が最後には体罰は選手ではなくコーチにメリットがあるだけと気づく。指導者は未来のスポーツを預かる存在です。目先の勝敗ではなくその子の成長や幸せを考えた指導をすれば、それが次世代に受け継がれ、スポーツの価値を守ることにもつながります」(土屋教授)
(編集部・川口穣)
※AERA 2022年5月30日号より抜粋