突然だが、あなたは「昆虫」の種類をどれだけご存知だろうか。たとえばメジャーな昆虫を挙げるだけでも、カブトムシ、クワガタ、カマキリ、バッタ、トンボ、チョウなどさまざま。幼少期から触れている昆虫もいれば図鑑でしか目にしない希少種まで、数え出せばキリがない。生態もさまざまで、たとえば草地で緑色の体が溶けこむバッタを瞬時に見つけるのは困難。また、防御のための毒と警告色を備えたチョウが存在するなど、昆虫の世界は実に奥深い。

とはいえ私たちは、身近な昆虫さえ知っていることは少ないのが事実。そこで今回ご紹介したいのが、昆虫の驚異的な世界を明らかにするスコット・リチャード・ショー氏の著書『昆虫は最強の生物である 4億年の進化がもたらした驚異の生存戦略』(河出書房新社)だ。

著者のショー氏はミシガン州立大学で天体物理学と昆虫学を学んだのち、メリーランド大学で昆虫学の修士号および博士号を取得した人物。まさに昆虫のプロ中のプロであるショー氏は冒頭のプロローグを以下の文章で結んでいる。

「なぜ昆虫はこれほどまでに種類を増やしたのか。昆虫はなぜ陸の生態系に君臨できたのか。科学はこれまでに無数の謎を解き明かし、昆虫の物語が地球の歴史のなかで何億年もの歳月を占めていることもわかってきた。メッセージは岩石や森林、そして昆虫に刻まれている。必要なのは、それらを読み取ろうとする意志だ」(本書より)

ショー氏の言葉を借りれば地球とは「虫だらけの惑星」であり、これまでに命名されたものだけでも昆虫の種類は100万種近く。しかもそれらはほんの一部に過ぎず、昆虫のほとんどの種には名前さえついていないという。確かに「虫だらけの惑星」とは的を射た表現であり、虫が苦手な人にとっては想像するだけでゾワゾワするような世界かもしれない。

とはいえ本書で紹介されたハーバード大学の昆虫学者エドワード・O・ウィルソンによると、仮にすべての昆虫が絶滅すると陸上の環境は大混乱に陥る可能性があるとのこと。いまいちその状況がピンとこなくても、ショー氏が綴った以下の説明を読めばわかりやすいだろう。

「人類が文明を発達させたのは、たかだか何千年か前の話だが、昆虫は陸上の生態系で四億年以上ものあいだ共進化して繁栄してきた。ありとあらゆる有機物を食べたり利用したりしながら、死骸や枯れ葉の掃除屋として、栄養分の再循環の担い手として、土壌のつくり手として、生態系に欠かせない役割を担ってきたのだ」(本書より)

すべての昆虫が絶滅するような事態は起きないと信じたいが、実際には人類によって絶滅の道をたどる昆虫が存在することも忘れてはならない。ショー氏によると熱帯では環境破壊から、何百万種もの無関係な昆虫が知らないうちに絶滅の淵に追いこまれているという。

それにしても昆虫はなぜ、他の動物に比べて圧倒的ともいえる多様性を獲得するに至ったのか。ショー氏はひとつめの理由として、昆虫が小さな体を獲得した点を挙げている。体が小さければ、ひとつの植物をとってみても「葉を食べる・葉の表層の内側に潜りこむ・樹皮の内側に潜む」など利用方法は多様になる。互いに極めて小さなニッチを分け合う際、その体が有利に働くようだ。

ふたつめの理由は、ズバリ「飛べる」こと。翅(はね)を持った昆虫は空中へとテリトリーを拡大し、捕食者から逃れられるようになった。また、翅には血管が走っているため寒い朝に翅を広げれば小さなソーラーパネルに。それだけでも十分に便利だが、翅の活用術はほかにも以下の要素が紹介されている。

「さまざまな色や模様をもった翅は、求愛や交尾で重要な役割を果たすほか、多様な生物がすむ雑多な環境で仲間を見つけやすくする役割も担っている。翅の色には、保護色(擬態して身を隠す)や警告色(毒々しい色で相手に警告する)をもつことによって生存の確率を高める役割もある」(本書より)

そして昆虫が多様性をもったみっつめの理由は、「複雑な成長の仕組み」を作り上げたという点。確かにカブトムシやクワガタムシを育てた経験がある人にとっては、幼虫から成虫へと形状が著しく変化する成長過程はなじみ深いはず。昆虫は「変態」という仕組みを発達させたことによって、成虫が自分の子孫と食べ物をめぐって競争しなくて済むようになったというのだから驚きだ。

すぐ身近にいながら、実は知らないことのほうが圧倒的に多い昆虫の世界。本書を通してその進化と生存戦略を追いつつ、地球という「虫だらけの惑星」の神秘性に触れてみてはいかがだろう。