渋沢栄一を主人公にしたNHK大河ドラマ「青天を衝け」がスタートした。『論語と算盤』(1916年)は70歳を超えた渋沢が自らの思想と人生を語った話題の本。そのエッセンスを集めた抄訳が『現代語訳 論語と算盤』(守屋淳訳)である。
要は功成り名を遂げた人の説教めいた自己啓発書。あまり期待しないほうがいい。ただ、論語(道徳)と算盤(経済)は一致すべきものだと渋沢が力説するくだりは「資本主義の時代になったんだな」と思わせる。
<今まで孔子の教えを信ずる学者が、彼の教えを誤解していたなかでももっとも甚だしいものは、「富と地位」と「経済活動」の二つの考え方であろう>
富と地位を手にした者には道徳心がない。道徳的に高い人物になりたければ金儲けをしようと思うな、という考えは間違いだと彼はいう。正しい方法ならば富も名声も積極的に取りに行けと孔子は教えている。
さらにいわく。<わたしは昔から、貧しい人々を救うことは、人道と経済、この両面から処理しなければならないと思っていた>。富は自分一人では築けない。成功したのは社会のおかげ。<この恩恵にお返しをするという意味で、貧しい人を救うための事業に乗り出すのは、むしろ当然の義務であろう>
このへんは慈善事業や社会福祉のすすめかな。ただ、自己啓発書は自己責任論と表裏一体。本書も同じで、富の分配などは空想にすぎず、貧富の差は<あきらめるより外にない>とばっさり斬って捨てている。
<資本家は「思いやりの道」によって労働者と向き合い、労働者もまた「思いやりの道」によって資本家と向き合>えと諭しているのにも苦笑した。
まあ社会主義者の本じゃありませんからね。明治維新から50年弱。新渡戸稲造『武士道』から20年弱。<いまや武士道はいい換えて、実業道とするのがよい>という主張は古い頭の人々を直撃しただろう。いまの実業家は算盤オンリーですけどね。
※週刊朝日 2021年3月26日号