火曜日のパートナーは、南海キャンディーズの山里亮太。「ニュースたまむすB」のコーナーで、「本業はキャスターの赤江珠緒です」と赤江が言うと、すかさず山里が「ダウト」。それが、毎週のお約束(撮影/今村拓馬)
火曜日のパートナーは、南海キャンディーズの山里亮太。「ニュースたまむすB」のコーナーで、「本業はキャスターの赤江珠緒です」と赤江が言うと、すかさず山里が「ダウト」。それが、毎週のお約束(撮影/今村拓馬)

 ちなみに「ポンコツ」と最初に認定したのは、瀧。赤江の娘の愛称を「ピンクピン太郎」と決めたのも瀧。瀧が逮捕された翌日、赤江は番組で「ほんとにバカたれが、何やってるんだ」と言いながら、自分にとって瀧はラジオの恩人だと涙声で語った。瀧についてのトークは、20分余り続いた。

 阿部は赤江を「誠実な人」と言う。リスナーにも、自分にも誠実でありたい。その表れがあの日の20分だった。そして、誠実であるから悩む。その「揺れ」が赤江さんの魅力だと思う、と。

 阿部が向き合った赤江の「揺れ」の一つに、「妊娠→退職願」があった。16年、妊娠4カ月の赤江からの「番組をやめたい」という申し出。出産としては高齢だから、専念したい気持ちは理解できた。が、「生まれてから決めましょう」と、社長も巻き込み説得した。プロデューサーという役割からでもあったが、それ以上に「赤江さんが好きだから、後悔してほしくなかったんです」と阿部。

 赤江の中に「自分がお母さんにしてもらったことを、子どもにしてあげねば」という気持ちがあると感じていた。転勤族の父と専業主婦の母、赤江は「団塊世代のプロトタイプな家」で育った。

「ずっと子どもと一緒にいて、母親にしてもらったことをしたい。本当にそう思うならやめてもいい。でも、そうすべきだ、と思っているなら、両立する道を模索してもいいんじゃないか。そんな話をよくしましたね」

 ここより前に、赤江が「自分の中に、女性はこうあるべきという概念がけっこうあった」と語ったことを書いた。その話をする。

 なぜフリーになってからも事務所に所属しないのか、と尋ねた。すると赤江は、たくさんの事務所から誘いを受けたが全て断った。不便は感じていなかったが、今思えば自分の中に「父と母の娘」ということが色濃くあったからかもしれない。そんなふうに答えた。

 誰に言われたわけでもないが、「家のことは女性がする」と思っていた。だが、子どもが生まれるとそれでは回らなくなった。母と違い、ワンパターンの離乳食を与えている自分に罪悪感も持った。だが少しずつ、親から引き継ぐものと断ち切るものを選別しなくてはと思うようになった。断ち切るのはしんどい作業だったが、「七夕の飾り付け」と思うことにした。赤江はそう言った。

「真四角の折り紙を切っていくと、フワッとなって、幅も広がる。切ることで、全然違うものになれるんだ。そのイメージができて、ストンと落ちました。ずっと自由に生きてきたつもりでしたが、縛られていたところがあったんですね」

■先のことはわからない、自分の人生は自分で灯す

 瀧の事件が起きたのはこの境地に至る前、悩みの最中だった。娘が保育園でしょっちゅう風邪をもらい、それが自分にうつる。体力が落ち、もう仕事は無理かもと思う。子どもに興味のない、またはかつての自分のような妊活中のリスナーもいるだろう。だが出産前ほど準備ができず、番組での話題が娘のことばかりになっている。自信のなさが、マックスになっていた。

「スタッフ、パートナーが、私を面白く立たせようと、どうにかこうにか神輿に乗せてくれて番組が成立している。その自覚が強くありました。なのに、神輿を支えてくれる大きな柱が抜けてしまう。そんなことで、私、立っていけるのかな」

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