津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』。単行本の発行元は幻冬舎。それが早川書房の文庫に入った背景には、幻冬舎で進んでいた文庫化の話が突然中止になったという事情がある。津原氏が幻冬舎から出た百田尚樹『日本国紀』への批判をくり返したためではないかとの疑惑が持ち上がり、さらには幻冬舎の社長がツイッター上でこの本の実売部数を明かすという暴挙に出たため、ネットは騒然。幻冬舎への批判が集まった。
幻冬舎が「売れない小説」のレッテルを貼ったこの小説はしかし文庫化と同時に売り上げを伸ばしている。事前の騒動はさておき、今日的な問題を深刻になりすぎない形で扱った、これは前向きなエンタテインメント小説である。
ヒッキーとは「引きこもり」の意味。JJこと竺原丈吉はヒキコモリ支援センター代表のカウンセラーである。彼は自身がカウンセリングを行うクライアントを集めて、あるプロジェクトを実行しようとしていた。選ばれたメンバーは、西洋人のような見た目に悩む美少女・乗雲寺芹香、中学生の苫戸井洋佑、理系バリバリの大学院卒業生ですでに30歳をすぎた刺塚聖司、正体不明の凄腕ハッカー・ロックスミスの4人。みなそれぞれの事情で引きこもり生活に入ったヒッキーズだ。パセリ、セージ、タイム、ローズマリーという「スカボロー・フェア」の歌詞みたいなハンドルネームを与えられた4人は戸惑いながらもプロジェクトに参加するのだが……。
リアルな社会との回路を絶っていた若者たちがネット上での交流を機に、おのおのの生活の場で人とのつながりを取り戻していく。それがこの物語の読みどころだろう。ロックスミス以外の3人はどこにでもいそうな若者で、特に中学生の洋佑がいい。<たぶん友達ができた。まだ会ったことないけど>とは他のヒッキーズとのチャットの後で、洋佑が母にふともらした言葉である。
物語には意外な結末も待っているのだが、ともあれヒッキーたちを応援する小説である。偏見に囚われた大人こそ読むべきだろう。
※週刊朝日 2019年9月20日号