発売1カ月で8万部を突破する売れ行きを見せている『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――同書が誕生した背景には、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏から聞かされた「夢を語れば無形資産が集まり、それが有形資産を動かす」という言葉があったという。
出版記念イベントでの岡田氏と佐宗氏のトークライブをここに再現する(構成:高橋晴美)。
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■VISION DRIVENが生む「周囲との温度差」
佐宗邦威(以下、佐宗):岡田さんは、サッカー監督からサッカークラブの経営者へと転身されたわけですが、VISION DRIVENなスタイルの経営者になられて以降の苦労話もお伺いしたいです。
岡田武史(以下、岡田):僕の会社は6人ではじめて、現在、約20名、コーチなど入れると約50名になる。いまでも覚えていることがありますね。
ある日、普通なら2000名来てくれるスタジアムに、雨が降ったせいで900名しか入らなかったことがあったんです。オーナーとしては、雨なのに来てくれた900名は今後、絶対に逃がしたくない。僕は試合終了と同時に出口に走っていき、お客さんたちに、「ありがとうございました!」と頭を下げたんです。でも、そのときほかのスタッフはのんびり歩いてくる。なぜ危機感がないのだろうかと愕然としました。
そこで考えた結果、「そうだ、僕がすべてやってしまうからだ、スタッフに任せなければいけない」という結論に至ったんですね。だから、ほとんどの仕事や判断を社員に任せることにしたんです。それでうまくいけばよかったんだけれど、ダメだった。あるときオフィスに行ったら、床に埃がたまっていて、ゴキブリが走っていた。
佐宗:それはショックですね…。
岡田:僕はすぐに自分でモップを買ってきてオフィスの掃除をし、ゴキブリホイホイも置いた。でも、僕は社員を責める気にはならなかったんです。「うちの社員たちはそんな感性の奴らではない。僕が悪いんだ」って思いました。僕からいきなり全部を任されて、みんな戸惑っていたんだと思います。
そしてみんなの前で話をしました。そもそも僕は、お金儲けをしようと思って会社をはじめたわけじゃないんです。むしろ、会社なんてやらない方がお金は手元に残っていたんじゃないかと思う。とにかく、みんなにハッピーになってほしいと思ってはじめたのに、結果的に、大事な仲間をこんなに追い込んでいる。そのことが悔しくて、苦しくて、耐えられずに涙が出た。僕って、人前で泣いた記憶はほとんどないんですよ。でも、その時は涙が止まらなかった。
そのときはね、本当に辛かった。本当に苦しくて苦しくて、やめようかと思ったくらい。それを乗り越えて、想いを伝えて、「だから、なんとかもう一度はじめよう」と呼び掛けたとき、みんながついてきてくれた。一度は「地下」に落ちて、そして這い上がってくる、という体験は、やっぱり必要なんじゃないかと思う。
佐宗:こういう「温度差」の問題は、VISION DRIVENに物事を動かそうとすればするほど、起きてくる現象だと思います。大きなことを考えれば考えるほど、周囲の人は同じ解像度ではその未来を見ることはできない。そのギャップを埋めようとすれば、非常に疲労が溜まるし、時間もかかる。僕も自身の会社で経験しています。
そのとき、どうしたらいいのか。完全に投げるわけにはいかないし、自分ですべてやってしまうのは正しくない。その葛藤に悩む。実は今もけっこう悩んでいます。だからこそ、岡田さんのお話にはとても勇気づけられました。