そのアルバムは2000万枚を売り上げ、グラミー賞を獲得、瞬く間に世界的アーティストになってしまった。
「彼女は変わらないなぁ」
隣の席で岩合さんが呟いた。「ちょっとふくよかになったけど」
スモーキーな彼女の声が醸し出す「温かな寂しさ」も変わらない。
音楽は懐かしく、ちょっと寂しいのだ。人生も同様。ノラはそんなことを教えてくれる。
アンコール前のラスト曲「ナイチンゲール」に、岩合さんは「この曲が好きなんだ」と呟いた。終演後の武道館にはウィリー・ネルソンが控えめに流れていた。
ライブ後、四谷の老舗イタリアン、ラ・ヴィータでヴィンテージの赤ワインを味わった。
「写真は『野良(ノラ)』仕事なんだよね」と岩合さん、そして「ラジオも同じです!」と僕も返答する。カメラマンもラジオマンも何かを目指し、猫のように野良を放浪する。
「ノラ・ジョーンズに乾杯!」と、秋の夜長は果てしなく続いた。
昨年、2匹の兄弟猫が相次いで死んで母が寂しがっていると話したら、後日、岩合さんからプレゼントが届いた。
封を開けると、“Satoko san, all the best”と、90歳になる母宛てに励ましのメッセージが書かれた猫の写真集と、猫の顔の素敵なポーチが入っていた。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2022年12月23日号