新聞社には「ヨコタテ」という言葉があります。「横に書かれたものを単に縦にするだけ」という意味で、特派員の場合は、現地の新聞や通信社の記事を機械的に日本語訳する作業を揶揄する意味があります。「ヨコタテ」だけの記者にはもう居場所がないでしょう。

 そうした状況の中で特派員にしかできないこと、やるべきことは、インタビューとルポルタージュではないか。企画を練る際には、そんなことも考えました。

 私と、当時ロンドンとブリュッセルに駐在していた梅原季哉記者、吉田美智子記者の三人で手分けをし、約20人から話を聞くことができました。

 KGBの要員として東ドイツで過ごしていたプーチン。改革派市長の右腕を務めていたプーチン。モスクワで無名の存在だったプーチン。大統領就任後のプーチン。日本でのプーチン。それぞれの素顔に迫りました。

 ただ証言をいくら集めても、プーチン像ははっきりとした焦点を結びませんでした。彼は邪悪なのか、善良なのか。変節したのか、一貫しているのか。間近にいた人々でさえ、見解は一致しません。ただ一つ確かなことは、巻末解説を書いてくださった佐藤優さんが指摘しているように、プーチンが本質的に国家主義者だということでしょう。そこに彼の力の源泉があり、また悲劇の元にもなっているのではないでしょうか。

 朝日新聞紙面での連載「プーチンの実像」に加筆した単行本は、2015年10月に朝日新聞出版から刊行されました。幸い好評で版を重ね、今回、朝日文庫として刊行されることになりました。

 文庫版では、2016年のプーチン訪日に至る顛末や、昨年以降急に動きだした日ロ平和条約交渉など、単行本刊行後の動きについて、大幅に書き加えました。

 最後に一言。文庫化にあたり、自分の原稿を読み直して感じたことは、とにかく面白い本だということです。ついつい加筆作業を忘れて読みふけってしまうこともありました。手にとっていただければ、期待は裏切りません。