『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』坪内 知佳 講談社
『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』坪内 知佳 講談社
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 縁もゆかりもない漁業の世界に飛び込んだシングルマザーと、彼女を取り巻く漁師たちとの奮闘記。これは2022年10月期の日本テレビドラマ『ファーストペンギン!』のストーリーです。いかにもドラマらしい現実離れした設定に思えますが、これは実話。奈緒さん演じる主人公・岩崎和佳のモデルになった女性が、株式会社GHIBLI(ギブリ)代表取締役の坪内知佳さんです。著書『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』は彼女が夢を叶えるまでの軌跡を綴った自伝です。

 坪内さんは大学を中退後、山口県出身の男性と結婚し、男の子を授かったものの離婚。シングルマザーとして萩の地で暮らし始めた坪内さんは、ひょんなことから長岡という漁師から、先細る萩大島の漁業を立て直せないかと相談を受けます。

 そこで彼女が思いついたのが「粋粋ボックス」という新ビジネス。市場に出しても値段がつかないような混獲魚を漁師たち自身で処理し、消費者や飲食店などに直接送るというものです。これが実現すれば、アジやサバは今までと同じ収益を上げながら、新たな利益を得ることが期待できます。

 坪内さんの作成した事業計画書が評価され、みごと国の認定事業者に選ばれたことで、この新事業はうまく行くかと思いきや......。慣習を重んじる漁協からの嫌がらせ、小集団によく見られる排他性、仲間である漁師たちとのぶつかり合いなど、乗り越えなければならない壁がいくつも立ちはだかっていました。

 二十代半ばの若さで、荒っぽい漁師たちを束ねる船団の社長に就任した坪内さん。最初はアジとサバの区別もつかなかった彼女が、なぜ萩大島の漁業に身を捧げようと思ったのでしょうか。それは、「始めてみると漁師たちとの仕事が想像以上に面白くなった」(同書より)というのが第一の理由。そしてもうひとつが、長岡をはじめとする漁師たちの姿です。離婚し、息子と二人の暮らしに将来が見えず、死を考えたこともあった坪内さんは、苦境の中でも楽しそうにお酒を飲んで笑っている彼らを見て、「あぁ死なんて意識しなくていいんだ」と思ったそうです。

「萩大島の漁業を救うどころか、あのとき救われたのは私のほうだった」

「たとえなにがあったとしても、この人たちと一緒にいれば野垂れ死にすることはない。(略)そんな気持ちにしてくれた彼らととことんやってみたい。そう思ったのである」(同書より)

 同書のタイトルにある"ファーストペンギン"とは、集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に飛び出す一羽のこと。転じて、リスクを恐れず初めてのことに挑む者のことを指すそうです。困難に遭っても最後まで諦めず、仲間たちとともに抜け出す道を探し続ける坪内さんの姿に、生きる勇気をもらえるでしょう。

[文・鷺ノ宮やよい]