■体力の限界との闘い
関節の難病を抱えながら体調管理に心を費やし、誰にも負けない練習量をこなし、手に入れたファイナルへの切符。心にあったのは喜びと感謝だけだった。
SPは完璧な演技で2位発進。フリーは体力の限界と闘い、最後のジャンプ以外は耐えた。
「ここ1カ月でヨーロッパを3往復。去年までの自分だったら来られていません。最後のコレオシークエンスの前は、先生の『頑張れ!』という声が聞こえて、最後まで滑りました」
合計208.17点で、見事な逆転優勝だった。
「メダルを取るなんて思っていませんでした。でも、この優勝で五輪に2回行けなかった悔しさが報われたわけではありません。次は全日本選手権で、一番上の席のお客様にまで届くような演技をします」
26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪に向けた新たな4年。その最初の「世界一」に輝いた新生チームジャパンは、力強い一歩をしるした。(ライター・野口美恵)
※AERA 2022年12月26日号