石井遊佳『百年泥』と若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』の2作同時受賞となった今期の芥川賞。二人の受賞者はじつは同じ先生の小説講座に通っていた。

 その講師の本が根本昌夫『[実践]小説教室』である。著者は「海燕」や「野性時代」で編集長を務めた業界では有名な元文芸編集者。〈私の小説講座では主に、作家や受講生の創作を読み、合評することを中心に据えています。「読むこと」と「書くこと」は同じだと、考えているからです〉と自ら述べているように、本書の内容も小手先のテクニックではなく、大所高所に立った小説論に近い。

〈物語と哲学。小説には、このどちらが欠けてもいけません。純文学もエンターテインメント小説も、両方から成り立っています〉といった説明もあれば(哲学の比率が高いのが純文学、物語の比率が高いのがエンターテインメント)、小説家に向く人と向かない人の差は何かなんて話もある。

〈小説を「書きたい」と思うのは、何らかの「過剰」または「欠如」を抱えているから〉と著者はいう。小説にきわだった才能や個性は必要ない。小説家には奇人変人が多いというのは嘘。さらに、プロの小説家は書くテーマをたくさん持っているというのも誤解だとしたうえで、彼は小説になり得る六つのテーマの例をあげる。

 (1)家族(どんな家族で育ち、どんな家族と暮らしているかなど)。(2)人間関係(揺れる友情、競い合う同僚同士、上司と部下など)。(3)職業(どんな職業に就き、どんな仕事をしてきたか。主婦の仕事もあり)。(4)身体(自分の体や理想的身体へのこだわりなど)。(5)お金。(6)死(家族の死、自分の死、大量死、不慮の死など)。

 なるほどな。『百年泥』は(3)を、『おらおらで~』は(1)と(6)を中心に書かれた小説だったのだ。〈テーマさえ見つかれば、小説を書くことは、いつ始めても遅くありません〉ということを、今度の芥川賞は実証した。〈しかし本当の勝負は、二作目です〉という厳しい現実もあるものの、1作目を書きたいあなたにオススメだ。

週刊朝日  2018年4月13日号