BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2017」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、塩田武士著『罪の声』です。



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 戦後犯罪史上まれにみる脅迫事件として名高い「グリコ森永事件」。2000年2月16日に最終時効が成立し未解決のまま闇に葬られたこの事件をモデルに、フィクション要素を加えて、真犯人に迫った本格ミステリーです。



 下敷きとなった「グリコ森永事件」は、1984年3月に江崎グリコ社長の誘拐から始まった恐喝事件。犯人は「かい人21面相」を名乗り、青酸カリ入りの菓子を店頭にばらまくと脅し、現金などを要求しました。特徴的な手口として、犯行の際には関西弁で書かれた脅迫状、そして、子どもの声で犯行声明文が入った録音テープを送りつけるという点でした。



 本書では、そんな不可思議な事件から31年後の2015年が舞台。主人公は京都で父から継いだテーラーを営む曽根俊也。ある日、父親の遺品を整理していると、古びたカセットテープと黒革のノートを発見します。テープに吹き込まれていたのは...。



 「きょうとへむかって、いちごうせんを......にきろ、ばーすてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら」(本書より)



 この録音テープの文言はもちろん、周囲の「ゴー」という音の大きさまで、本書で「グリコ森永事件」ならぬ「ギンガ萬堂事件」とされる事件に使用されたものと一致。そして、他ならぬ声の持ち主は"自分"だったのです。曽根は父親が事件に加担した疑惑が浮上し、独自に調査を開始します。



 「犯人が誰であるとか、そんなことに興味はありません。それに今さら素人が探しても見つかるわけがないとも思っています。でも、せめて自分の親が事件と無関係であると確認したいんです」(本書より)



 一方で同時期、大日新聞大阪本社文化部記者の阿久津英士は、「昭和・平成の未解決事件」と題された年末特集で「ギンガ萬堂事件」について調査を進めていくうちに、"子ども"に思いを馳せ始めます。



 「今さらながら犯人の冷酷さがひしひしと感じられた。そして、意識の中でグループの陰に隠れていた『子ども』という存在が次第に大きくなってきた。案外、この国のどこかでありふれた生活を送っているのかもしれない。そう思う一方、まともな暮らしを送ることができたのかという疑念も沸いた。『ギン萬事件』の十字架を背負う人生」(本書より)



 物語の序盤では、阿久津が「ギンガ萬堂事件」の数カ月前に起きた大手ビール会社ハイネケンの経営者が誘拐された「ハイネケン誘拐事件」で、探偵のように盛んに事件を嗅ぎまわっていた"東洋人"の手がかりを調査すべくイギリスへと飛びます。



 そんな中、曽根は父親の手帳に記載された手がかりをもとに、父の兄である伯父・曽根達夫を探り始めると、「三十年以上前にイギリスで消息を絶ってる」ことが判明。父親との関連性はあるのか、何より父親は犯人なのかますます謎が深っていきます。



 異なる視点ながら意外な共通点が浮かび上がり、2人の手がかりが1つとなるとき、衝撃的な真実へと向かい始める本書。リアルタイムで「グリコ森永事件」を知る世代は当時を振り返りつつ、知らない世代は新鮮な感覚で読み進められるはずです。



 元新聞記者の著者が、構想から15年もの歳月をかけて完成させた、フィクションとノンフィクションが織り成すハーモニーを堪能してみてはいかがでしょう。