北海道斜里町の車道に出てきたヒグマの親子(2022年5月)。本文の内容とは関係ありません
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 8月14日、北海道・知床半島にある羅臼岳の登山道を下山中だった男性がヒグマに襲われ、15日に遺体が見つかった。200メートルほど後方を歩いていた友人が駆け寄って抵抗したものの、クマは男性を茂みに引きずり込んだという。

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 知床は世界有数のクマの高密度生息地域として知られ、クマと人との距離も近い。一方で、これまで人が襲われる人身事故はまれだった。死亡事故は1985年にクマ駆除にあたっていたハンターが逆襲されて亡くなって以来40年ぶりで、一般住民や観光客が犠牲になるのは北海道が記録を公表している62年以降初めてのこと。87年から2016年までの約30年は負傷事故すら1件も起きていない。

 知床半島のヒグマを研究する北海道大学の下鶴倫人准教授は言う。

「今回の事故の直接的な原因はまだわかりませんが、非常にショックな事故です。ただ、多数の観光客が訪れるエリアで人里にも近い知床半島の状況を考えると、これまで起きなかったことが、ある意味、幸運だったとも言える。ついに起きてしまったか、という感覚です」

 知床半島に生息するヒグマは、20年の調査では推定約400~500頭だった。ただ、23年に秋の主要食物資源が不作となった影響で多数のヒグマが人里に近づき、結果として180頭超が駆除された。推定生息数の4割から半数に迫る数字だ。

「23年の大量捕殺をへて、いまは過去20~30年の間で最もクマが少ない状態です。クマをめぐっては事故防止のための頭数管理が各地で計画に組み込まれていますが、個体数管理だけでは必ずしも事故を防げないことを示しています」(下鶴准教授)

 これまで、「奇跡的」と言われながらも知床で深刻な事故が起きてこなかった背景には複数の要因がある。

 まず、地元の側の対策だ。人が利用するエリアに接近したヒグマに対しての威嚇のほか、危険行動を起こしたクマは人を襲う前にハンターらの手によって捕殺されてきた。クマの生息域と隣接する集落では電気柵を設置したり、ゴミ出しのルールを厳しく定めてクマには開けられない特殊なゴミ置き場を整備したりするなどの対策も行われてきた。観光客に対しては、地元自治体や国立公園管理団体である知床財団が中心になり、ヒグマと適切な距離をとる、エサをやらないなど、さまざまな普及・啓発活動に力を注いできた。

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