新国立劇場・芸術監督の大野和士(撮影:堀田力丸)
新国立劇場・芸術監督の大野和士(撮影:堀田力丸)
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 今夏、東京・新国立劇場で上演されるオペラ《ナターシャ》。ノーベル賞候補作家・多和田葉子が台本を書き、世界的に活躍する細川俊夫が作曲した作品だ。新国立劇場で芸術監督を務める指揮者の大野和士に聞いた。AERA 2025年8月11日-8月18日合併号より。

【写真】オペラ《ナターシャ》の台本を書いた多和田葉子さんと、作曲した細川俊夫さん

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 現代の作家が書いた台本に現代音楽の作曲家が曲をつけ、大掛かりな舞台装置や照明、映像などが舞台に展開される作品は、従来のオペラファンだけでなく、現代アートを好む人たちにも受け入れられるだろうと思えた。以前、新国立劇場で上演された細川のオペラ《松風》が、人気現代美術家の塩田千春の手による黒い糸を縦横に張り巡らした舞台だったことが思い出された。

 故郷を追われさまよう移民ナターシャとアラトは次々に地獄を体験する。環境破壊によって生まれた地獄はどれも日本に生きる我々にも遠いものではない。洪水も干ばつも火災もすぐそこにあり(今年2月に起きた岩手県大船渡市の大火災は記憶に新しい)、プラスチックやコンクリートに囲まれながらなす術もなく猛暑にあえいでいる今が「地獄」ではないのか。だが、地獄めぐりを経て、若いナターシャとアラトは少しずつ互いを理解し合い、ついには愛し合うようになる。今回の作品を指揮する大野和士は、

「まずは多和田さんが書いてくださった台本の言葉が『歌詞』としての独立性が高く、美しくて胸を打たれます。ウクライナ語やドイツ語のほか、日本語でも歌われますから、我々にとっては耳で聴いてすぐに心で感受できるという意味は大きいですね」

 と話す。オペラの名曲はイタリア語やドイツ語、フランス語、ロシア語などで歌われることがほとんどで、新国立劇場でも字幕が映し出され、それを目で追いながら音楽を聴くことになる。ストーリーを知っていても少しもどかしい。しかし今回はダイレクトに「美しい日本語」で曲を味わえるのだ。大野によれは細川も言葉を大切にし、多和田の歌詞を効果的に音楽へと乗せて作曲しているという。

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