秦の兵馬俑(写真:アフロ)
秦の兵馬俑(写真:アフロ)
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 映画『キングダム』のシリーズ5作目が2026年夏に公開されることが発表され、ファンの間で盛り上がりを見せている。前作「大将軍の帰還」は山﨑賢人さんの演じる主人公・信の活躍のほか、吉川晃司さんの演じる趙国の総大将・龐煖(ほうけん)と大沢たかおさん演じる王騎将軍の戦いも見どころだった。

 史実における龐煖は、どう活躍したのか。映画『キングダム』の中国史監修を務めた学習院大学名誉教授・鶴間和幸さんは、「敵将を討ち取った意外な過去」について言及している。

 始皇帝の戦争と将軍たち ――秦の中華統一を支えた近臣集団』(朝日新書)から一部抜粋して解説する。

【『キングダム』の内容にかかわる史実に触れています。ネタバレにご注意ください】

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龐煖(ほうけん) │合従軍を率いた武将

 趙の将軍の龐煖は、『史記』趙世家では、秦王嬴政の六(前二四一)年、趙・楚・魏・燕の精鋭を率いて秦の蕞(さい)を攻撃するという重要な働きをした。蕞は秦の都の咸陽にも近く、そこまで侵略しながら失敗したという。一方『史記』楚世家によれば、このときの合従の長は楚の考烈王にあり、春申君黄歇(こうけつ)も派遣され、函谷関まで攻めたが秦の反撃の前に敗北したという。

 秦始皇本紀によると、韓・魏・趙・衛・楚の五国軍は寿陵の地を取ったが、秦軍が出兵して撤退したという。龐煖の精鋭軍と楚の春申君の合従軍の連携がうまくいかなかったのかもしれない。『龐煖』二編(『漢書』芸文志)は残されてはいないが、龐煖の兵法書である。

 龐煖が合従軍の精鋭を率いることができたのは、それ以前の戦績が評価されたからであろう。趙を出た名将の廉頗(れんぱ)に代わって将軍となり、燕軍の侵入を防いだ功績がある。

このとき燕将の劇辛(げきしん)は、趙にいたときに旧知であった龐煖は戦いやすいと油断し、秦軍に苦しむ趙の隙を攻めた。龐煖は燕軍二万を迎え撃ち、劇辛を殺した。趙人劇辛を相手にした戦い方を知っていたのであろう。

龐煖率いる別働隊の脅威

 五諸侯の合従軍とは、始皇六年の韓・魏・趙・衛・楚の五国から成る合従軍であり、秦の領内を深く攻めたが、合従側の失敗に終わったと記録されている。秦始皇本紀の記事は秦の側の史料『秦記』に従っているので、当然ながら深刻な事態であったとは記されていない。しかし合従軍の進路を見てみると、秦にとって非常に危うい事態であったようである。

 この五ヶ国の合従軍には別働隊があった。

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