哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 最近よくこう訊かれる。「外国人が増えて、土地を買い占めたり、社会保障制度に『フリーライド』していると言われています。そのせいで、『違法外国人』の流入や土地所有に制限をする公約を掲げた政党が支持を拡大していますが、これについてどう思いますか?」

 社会保障制度のフリーライドはデマである。これは「そんな事実はない」と言えば済む。でも、土地の買い占めは事実だ。

 外国人の不動産買いが進むのは円が弱くなったせいである。それというのも日本が「安い国」になったからであり、それは「失われた30年」の経済政策の失敗の帰結である。誤った経済政策を掲げていた政党を選び続けた日本の有権者の責任であって、円が安いことについて外国人に文句を言える筋合いではない。

 現に、円が強かった頃、日本人は世界中で土地を買い漁っていたではないか。ヨーロッパでシャトーやワイナリーを買い、アメリカで摩天楼をブロックごと買い、オーストラリアのゴールドコーストやスペインのコスタ・デル・ソルに富裕層の老人たちのための巨大なゲーテッド・コミュニティを建てた。その時に、地元の人たちがどんな気持ちになったか、想像してみただろうか。30年前に日本人が世界各地でしたことを、今日本人がされているのである。通貨の価値は変動する。たまたま今強い通貨の国の人たちが「安い国」に行って、好き放題買い物をすることを「間違っている」と言う権利は少なくとも日本人にはない。

 今日本には380万人の外国ルーツの人がいる。今は人口の3%であるが、いずれ5%になり、10%になるだろう。今、外国ルーツの人がアメリカで14%、フランスで11%である。いずれでも移民排斥を掲げる排外主義が広がっている。

 もし外国から来る人々と穏やかに共生することができるだけの市民的成熟を果たさぬままに「人口10%が外国ルーツ」という日を迎えたら、日本でも排外主義と外国人憎悪が広がるだろう。そのような事態を防ぐためには今から議論を積み上げて国民的な合意形成を図るべきなのだが、その緊急性を語る人があまりに少ない。

AERA 2025年7月28日号

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