多摩川の支流、日原川で泳ぐ人。水量が多いうえ、流れも速い。昨年、この場所で3人が亡くなった=米倉昭仁撮影
多摩川の支流、日原川で泳ぐ人。水量が多いうえ、流れも速い。昨年、この場所で3人が亡くなった=米倉昭仁撮影

ライフジャケットつけても水面下に

 ライフジャケットを身につけた被験者が水に入り、岩に沿った澪筋(みおすじ。水流が集中し周囲より深くなって流れている場所)を流されていく。と、突然、全身が水面下に沈んだ。川の流れは複雑であり、川底に向かって引き込む強い流れがあるのだという。

 菅原一成上席研究員はこう説明する。

「ライフジャケットを装着していればすぐに浮上できますが、そうでなければ、この時点でパニックになって水を飲み、非常に危険な状態になる恐れがある」

 すぐ下流は川底に大きな岩が連続しており、水面が波立っている。被験者の体は波で上下し、また水の中に沈んでしまった。

「ライフジャケットをつけていても、この状態です。着用していなければ、人間の体には基本的に浮力が足りないので、溺れれば沈みながら流れます。いずれ川底などに引っかかって沈んだままとなり、発見が難しくなります」(菅原上席研究員)

 実際に発生した水難事故では、淵から約2キロ下流で遺体が発見されたこともあるという。

東京都奥多摩町では近年、水難事故が多発し、川での遊泳を禁止している=米倉昭仁撮影
東京都奥多摩町では近年、水難事故が多発し、川での遊泳を禁止している=米倉昭仁撮影

「浮いて待て」は通用しない

 近年、小中学校では、水難事故の際、無理して泳がず、救助されるまで仰向けで力を抜き大の字で漂流する方法、いわゆる「大の字背浮き」を指導している。

 だが、この方法が有効なのは、プールのようなほぼ水が静止した状態だという。

「流れがある川では、川底方向に向かう力が加わるなどし、大の字背浮きの姿勢を保つことができません。助かると思っていた方法ができなかったことでかえってパニックになり、溺れてしまう可能性がある。川に入るのであれば、ライフジャケットを身につけるのが命を守る最善の方法です」(同)

 昨今はホームセンターでもライフジャケットをよく見かける。多摩川で水遊びをしていた子どもたちのほとんどはライフジャケットを身につけていた。だが、ライフジャケットをつけた大人は、ほとんど見かけなかった。

ライフジャケットを川遊びの基本装備に

 日本財団が昨年実施した「『海のそなえ』水難事故に関する調査」によると、ライフジャケットについて、「動きづらい」「暑い」「泳ぎにくい」「ダサい」「着づらい」などのネガティブな回答が多数あった。

「周囲がつけていなければ、『私も大丈夫』となってしまうのでしょう。残念ながら、ライフジャケットは、川遊びの基本装備として大人にはまだ定着していないのが現状です」(同)

 国土交通省や都道府県などが管理する河川では「自由使用」の原則が適用され、誰もが水遊びなどに利用できる。その楽しさを享受するには、最低限の川のリスクについての知識や装備が必要だろう。

(AERA編集部・米倉昭仁)

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