
コミュニケーション、交渉、問題解決、議論――。こうした場で自分の話を聞かせ、相手の考えを変えるためにはどうすればいいか。Uber、アップル、Amazon、Nike、TikTok、コカ・コーラなど世界を創り変える覇者達からマーケティングを任されるイギリスの起業家、スティーブン・バートレット氏が達人の技を伝授。バートレット氏が直接体得した仕事と人生に効く33の重要原則をまとめた『執行長日記 THE DIARY OF A CEO』(サンマーク出版)から、「口が避けても反論しない」を紹介する。
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ああ、「怒り」が止まらない
物心ついたころから、母はテレビを見ている父に向かって大声で怒鳴っていた。父はいつも、母のことなどすっかり忘れてテレビに夢中だった。その、耳をつんざくような怒声マラソンは、後にも先にも経験したことがなかった。
母は同じことを5~6時間も叫びつづけた。同じ言葉を何度も使って、声の大きさも勢いも一向に衰えることなく。折に触れて父は反撃を試みたが、あえなく玉砕し、そのまま無視してテレビを見つづけるか、退散して寝室に閉じこもるか、車に乗って姿をくらました。
あれから20年、自分がまさにこの戦術を父から受け継いでいたことに気づいて驚いた。時刻は夜中の2時。隣に寝ている恋人が何かに腹を立てて、しきりに愚痴をこぼしていた。私は「それは違う」と言って反論しようとした。結果は、言うまでもなく失敗。むしろ火に油を注いでしまい、彼女はますます声を張り上げ、ひたすら同じことを同じ言葉で叫びつづけた。
私はとうとう起き上がって逃れようとしたが、彼女は後をついてくる。仕方なくウォークイン・クローゼットに閉じこもり、朝の5時までそこで過ごした。扉越しに、大きさも勢いも一向に衰えることなく、壊れたレコードプレーヤーのように、同じことを同じ言葉で繰り返す怒鳴り声を聞きながら。
その後、彼女とは別れた。そんな関係は長続きするはずがない。
