
英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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Netflixで「イカゲーム シーズン3」が配信されて話題だが、まるでこのドラマのような殺戮行為がガザ区で行われていると、イスラエルの新聞、ハアレツ紙が伝えている。ガザ区のイスラエル兵が、援助拠点で食料配給を受けに来るパレスチナ人に発砲するよう指揮官に命じられているという。同紙に証言したイスラエル兵によれば、援助拠点付近でのパレスチナ人への発砲は「Salted Fish作戦」と呼ばれているそうで、「Salted Fish」とは、「イカゲーム」に出てくる「レッド・ライト、グリーン・ライト」という子どもの遊びのイスラエル版だそうだ。
援助拠点での食料配布は毎朝1時間だけ行われ、その時間外に拠点に近づく人々や、配布時間が終わったのに帰らない群衆にイスラエル兵は発砲する。同紙の取材に答えた匿名の兵士は、配給を受けに来る人々が辿る経路は「キリング・フィールド(殺戮の場)」だと証言している。
イスラエルとイランの12日間の交戦中も、ガザ区では870人の死者が出たと報道されている。国連のグテーレス事務総長は、「食料を求める行為が死刑宣告になってはならない」として、米国とイスラエル主導のガザ人道財団(GHF)による食料配給制度を批判している。
人々を飢えさせ、食料を渡すと集めておいて銃で撃つ残酷さは尋常ではない。昨年、『ショック・ドクトリン』のナオミ・クラインが、英紙に寄稿した「イスラエルはいかにしてトラウマを戦争の武器にしたか」という記事がある。ユダヤ人の深いトラウマが権力者に利用され、「イスラエルは清廉潔白であり、(中略)その敵はみな怪物」「法や国境に縛られない暴力の行使に値する」という物語に転換されているとクラインは書いていた。
「敵はみな怪物」は、過酷な体験のトラウマで病んでいく「イカゲーム」の参加者たちが抱くようになる視点でもあった。そしてそれは各人の視界を狭め、やがて滅びに至る。ドラマの主人公の最後の言葉は、「俺たちは馬じゃない。人間だ。人間は……」だ。主語だけが投げられた未完の言葉は、こうなるはずだったのではないか。
人間はイカゲームをしてはならないし、させてはいけない。
※AERA 2025年7月14日号
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