
コンテンツツーリズムという言葉をご存じだろうか。映画やドラマ、アニメなどで描かれた舞台を訪れる観光のことで、いわゆる「聖地巡礼」もこの一つにあたる。そんなコンテンツツーリズム研究の第一人者である文教大学国際学部の清水麻帆教授は、近著『新・コンテンツツーリズム論Ⅰ[観光行動篇]―人はなぜ物語の地に向かうのか』で1万6000人超の大規模な調査を行い、人が物語の世界に現実を重ねようとする心性を描き出した。地方創生や観光振興の文脈でも注目されるコンテンツツーリズムの可能性を清水教授に聞いた。
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――本書の着想は、2018年頃の韓流ブームへの危機感から始まったそうですね。
そうです。第4次韓流ブームが顕著になっていた時期で、映画『パラサイト』の成功や、K-POPのグローバル化が進む中、日本のドラマや映画は少し低迷しているように感じていました。韓国や中国では国がコンテンツ産業を戦略的に支援しています。翻って日本は政府の支援も名ばかりで……、制作現場は資金的にも人材的にも厳しさが増すばかりです。そうしたなかで『このままで日本は大丈夫なのか?』という思いが芽生えました。もっとも、私は危機を感じるだけなく、日本のコンテンツツーリズム(以下、コンツー)特有の可能性にも注目していました。そこで、日本の強みを改めて検証したいと思い、調査を始めたのです。
中国や韓国では、自治体や企業が主導するツアー型の「消費的観光」が主流ですが、日本ではファン自身が自発的に動き、SNSなどで場所を発見し、感動を共有する傾向が強い。そこに、日本特有の「創造的な観光行動」の特徴があると思っています。
――特に印象的だったのは、“なぜ同じ場所に何度も足を運ぶのか”という問いでした。
それはコンツーの最大の関心事でもあります。普通の観光であれば「一度行ったら満足」で終わるはず。でも、ファンは作品の感情体験や登場人物への共感によって、その場所に何度も足を運ぶ。例えば『刀剣乱舞』のファンの多くは、舞台となった神社や資料館を何度も訪れています。これは、“物語世界”と“身体的な現実”を結びつける行為なんだと思います。感情が場所と結びつくことで、その地に“意味”が宿る。そして、その意味を確かめるために人は再訪する。一種の儀礼に近いものなのかもしれません。
――著書で取り上げた3作品(『薄桜鬼』『刀剣乱舞』『ラブライブ!』)の調査は実証研究としても非常に読み応えがありました。
特に『刀剣乱舞』に関しては、ファンと強力なつながりを持つ刀鍛冶を通じて協力を得ることができ、なんと1万6500人から回答を得ることができました。印象的だったのは、男女差があまりないこと。一般には「女性向け」「男性向け」といったジャンル分けがされがちですが、ファンの行動や動機に大きな違いは見られませんでした。共通していたのは、「物語を通じた感情体験」がコンツー行動に強く影響していたという点です。