
第1次大戦後のコペンハーゲン。工場のお針子カロリーネ(ヴィクトーリア・カーメン・ソネ)は困窮していた。夫が戦地から戻らず、遺族基金ももらえない彼女はアパートを追い出されてしまう。工場のオーナーと恋に落ち子を身ごもるのだが──。アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート作「ガール・ウィズ・ニードル」。脚本も務めたマグヌス・フォン・ホーン監督に本作の見どころを聞いた。
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この物語はおよそ100年前に起こった実際の事件をベースにしています。完璧なホラーにみえて明白にはそのジャンルに落とし込まない作品を撮りたいと思っていた私に、デンマーク人のプロデューサーがこの事件を教えてくれたのです。私は知りませんでしたが、本国では有名な事件だそうです。
まず2人の子どもの父親として「もし我が子に何かがあったら──?」という恐怖をクリエイティブに変換できると感じました。事件だけにフォーカスするのではなく人間的な意味で観る人に共感してもらえるように、生活に困窮し望まれない妊娠をする架空の人物カロリーネを生み出しました。
私がもっとも興味を惹かれたのは、この過去の物語が現代社会を映し出している点です。私はポーランド在住ですが、ポーランドでは2020年から右派の台頭で女性の中絶が違憲になりました。それまでは中絶に対し寛容でしたが、いまや女性が自分の肉体に決定権が持てない状況になっているのです。世界的にもその傾向があると思います。そんな現代社会を少し批判的に描く意味でも、この物語はとても有効だと思いました。
現代社会では女性だけでなく移民や難民を含め困窮する人が増えています。一度その状況に陥ってしまうと助けを求めることが難しく、政府の手も届かず、這い上がることができない。本作はそんな社会の状況も反映しています。

カロリーネの夫は戦争で大きな傷を負い、人生を狂わされます。彼もカロリーネ同様に社会から求められない人物です。しかし最終的に彼の人間性がカロリーネの求めているものを埋める存在になります。本作から恐ろしい事件の背景に社会的な問題や理由があること、同時に人間的な何かを感じ取ってもらえればと思います。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2025年5月26日号
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