元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】丁寧に書かれた手書き文字

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 先日、とあるイベントのため鳥取の米子に行ったんだが、米子に行く楽しみの一つが、定宿にしてるビジネスホテルに泊まることである。

 最初に泊まったのは知人の紹介で「古いけど便利で安いから」。実際行ってみると、確かに繁華街の真ん中にあるものの想像以上に古くて薄暗くて多少ビビる。だが昭和なフロントのおじさんが優しく丁寧に迎えてくれて、部屋に入ると不思議に爽やか。古くとも清潔さを感じさせる丁寧な掃除っぷりのせいであろう。そしてふと見ると、机に「お泊りいただきありがとうございます」の手書きメモと小さな折り鶴が! まさしくおもてなしの心! 安らかに眠り、以来、米子に行く折は迷わずここに宿をとる。

 で、なぜ今そのことを紹介するのかというと、このようなホテルはすっかり貴重品となってしまったからだ。

丁寧に書かれた手書きの文字そのものが、今や貴重です。私も見習わねば!(写真/本人提供)

 そもそも人間がチェックインの手続きをしてくれることがレア。フロントに人がいても、横に置いた機械を自分で操作するよう指示される。マゴマゴし、何度もやり直し、フロントの人に助けを求めるたびに自分がダメ人間になった気がする。何より自分がヒトでなく荷物になったようで心がキンとする。心細い旅先で一番安心できるはずの宿泊場所で、いきなりそんな思いをする寂しさったらない。

 私が思うに、宿の存在意義とは「旅人をねぎらうこと」ではないか。初対面のどこぞの馬の骨をニッコリ「ようこそ」と迎えてくれる宿の人の存在こそは、旅人の命綱だ。それがない宿とは、そもそも宿なのだろうか。人手不足とか感染対策とかやむなき事情があるのだろうが、その一線を越えずにいることがそんなにも難しいのが新常識なら、我が国は一体どこへ向かうのかと思わずにいられない。

 だからこのホテルに泊まると心底ホッとする。それは私だけじゃないようで、ネットの口コミでも同意見多数で嬉しくなる。宿の人にそう言うと、うちは従業員が高齢化してますから機械化は難しくてとニッコリされた。

 高齢化万歳。

AERA 2025年3月24日号

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