『報道しないメディア ジャニーズ性加害をめぐって』(岩波ブックレット)。担当編集者はもともと「判例時報」にいたのだという。

 本の中には、ジャニーズ事務所が敗訴後も、文藝春秋に陰に陽に嫌がらせをしていたことも書かれている。雑誌広告にジャニーズタレントが写っているものは、文藝春秋には出稿しないから始まって、新商品の発表会でCMタレントがジャニーズの場合、文春の広告部は出席不可になったこと。映画化の文庫の帯で、ジャニーズ事務所のタレントのものは許可がでなかったこと等々。

〈それでも、社内の誰もが『週刊文春』がジャニーズと闘うことを許してくれたのは、文春には報道の自由を守るという社風があったからだ〉(同書)

 私の冒頭の案件でも、たとえばこれが山崎豊子の『白い巨塔』であれば、証言した里見医師は、雪深い山奥の大学に左遷させられる。私の場合は、あとで、会社からは処分をうけたが、それは、裁判で証言をしたことに対してではなく、最初のミスに対しての譴責の処分だった。その後苦労はあったが、きちんと仕事を評価して引き上げてくれた上司もいて多くの意義ある本を編集者として出すことができた。

 そんなリベラルな社風が文藝春秋にはあったし、今もあると思う。

相手の証拠を使って自らの主張を構築する

 本の中で面白いのは、喜田村の法廷でのテクニックも披露されていることだ。

 それは相手側が提出した証拠、あるいは相手側証人、ジャニーズ裁判の場合は、ジャニー喜多川自身の証言をつかって、自らの主張を構築するところだ。

 三連休も事務所に出勤して、仕事をしている喜田村自身が語る。

「通常、反対尋問の時間は30分というのが普通です。ところがこの裁判では、裁判所がジャニー喜多川氏への反対尋問の時間を主尋問の三倍の180分とってくれました。ここで、喜多川氏に『やっただろう』といくら問い詰めても、『やっていない』で終わってしまいます。そこで、やっていないというのなら、北公次の時から始まって、法廷に出廷したA君、B君まで、『なぜ全員ウソをつく理由があったのか』と聞いていったのです」

 この点について様々な角度からジャニー喜多川に聞いていくと、「(彼らは)きっとさびしいんだと思います」と言ったあとに、こう証言したのだった。

「だけど、先生が、今、うそ、うそとおっしゃいますけど、彼たちはうその証言をしたということを、僕は明確には言い難いです。はっきり言って」

〈A君、B君がうその証言をしたと明確には言えない?

 正直に言えば、私は、これを聞いたとき、「この裁判は勝った!」と思った〉(同書)

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