
私が弁護士の喜田村洋一先生に絶対的な信頼をよせるようになったのには理由がある。
今は昔、まだ文藝春秋で編集者をやっていた頃の話だ。さる民事裁判で、証人として出廷することになり、その前日、会社の総務に呼び出されたことがあった。
そこで、私は、社の就業規則を渡され、賞罰の項を声に出して読み上げろと言われるのだ。
そこには、「戒告、譴責、減俸、懲戒休職、懲戒解雇等」の処分に値することとして「業務上の秘密を漏らしたとき」というのがあった。
法廷で本当のことを言ってもそれが業務上の秘密にあたれば、懲戒解雇になるのかと、激しく動揺した。
そしてその足で会社の顧問弁護士をしていた喜田村先生の事務所に夕方6時すぎにフラフラと駆け込むのだ。アポもなかったが、喜田村先生は、当時事務所にいた林陽子先生と一緒に会ってくれて、私の話を聞いたあと、即座にこう言ったのだった。
「社の就業規則は、法律ではありません。下山さんは、法廷ではあったことを正直に話してください」
もともとは私のミスに端を発した事件だったが、その先生の一言で気持ちが整理され、翌日の法廷では平常心で、あったことを話をすることができた。
「報道の自由を守るという社風があった」
その喜田村先生が、岩波ブックレットで『報道しないメディア ジャニーズ性加害問題をめぐって』を上梓した。
このブックレットは報道に携わるものは必読の書だろう。
週刊文春のジャニー喜多川による性加害のキャンペーン報道は、1999年から2000年にかけて14週にわたってくりひろげられたが、それを事実無根とジャニーズ事務所は文藝春秋を提訴した。
この裁判は、高裁で「原告喜多川が、少年達が逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの本件記事(中略)は、その重要な部分について真実であることの証明があった」と断じられ、この判決が確定する。本には弁護士の側から見た一部始終が書かれている。