東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 1月20日にトランプ米大統領の就任式があった。マスク氏をはじめ大富豪がずらりと居並ぶ姿は、富と権力が赤裸々に結びつく現代社会の病理を象徴するものだった。

 世界はかつてなく不平等になりつつある。そんななか哲学者のマイケル・サンデルと経済学者のトマ・ピケティが対談本を出した。『平等について、いま話したいこと』(早川書房)というタイトルだ。

 両者ともに分断が進む現状を憂慮しているが、理由については異なる診断を下す。ピケティは、問題は富の偏在にあり、再配分を強化すれば左派は大衆の信頼を取り戻すはずだと主張する。対してサンデルは、むしろ重要なのは大衆が尊厳を奪われエリート層への怨恨を強めていることであり、それは経済対策だけでは解決されないと問題提起している。

 ともに重要な論点だが、個人的にはサンデルのほうに説得力を感じた。対談は、人類社会は平等へ向かってきたというピケティの言葉から始まる。確かにその通りだが、平等の拡大は歴史的には共同体感覚の拡大、つまり国民国家の形成で支えられてきた。金持ちも貧乏人も「同じ仲間」だと感じる。それが再配分正当化の基礎だ。

 現代の問題はその基礎が壊れ始めていることにある。いまのエリートは大衆を「同じ仲間」と見なしていない。左派も同じだ。大衆はそう感じている。トランプやマスクはそんな反発を利用するのがじつにうまい。しかし彼ら自身は大富豪だ。従っても富と権力の偏在は強まるばかりである。

 だから、この流れを根本から変えるためには、まずは金持ちも貧乏人もみな「同じ仲間」だと感じるような共同体感覚を再建せねばならない。経済を超えた難しい課題だが、それがないと再配分は持続可能にならないのだ。

 対談はルソーの話で終わっている。ルソーは『人間不平等起源論』を書いた政治思想家だが、同時に近代文学の創設者のひとりでもあった。文学はまさにみな「同じ人間だ」という感覚を醸成する営みだ。平等は富の形式的な再分配だけでは実現しない。その前に心をつなぐことが必要なのである。

AERA 2025年2月10日号

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