ドナルド・トランプ大統領2期目の就任を祝うイベントでナチスの敬礼に似たジェスチャーをして物議をかもしたイーロン・マスク氏(写真 ロイター/アフロ)

 異例な事態は、就任式後も続いた。公式観覧会場に現れたマスク氏は、「みんなに感謝!」と言って、「ハイル・ヒトラー」のような敬礼を2回行った。600万人ものユダヤ人が犠牲になったホロコーストの張本人であるヒトラーを崇拝するかのようなジェスチャーに、世界が震え上がった。

 トランプ氏は、同じアリーナの会場で、大統領令に署名する異例の「パフォーマンス」も行った。かつては、ホワイトハウス内で行われていた就任直後の大統領令署名。署名はお気に入りの油性ペン。複数そろえられた油性ペンを自ら観客席に投げた。通常は、大統領令や法律の成立に貢献した議員や活動家などにペンを大統領が手渡しして感謝と尊敬を示していたものを投げてエンタメに変えた。

民主主義のルール超えた

 さらに、トランプ氏は、2021年1月6日にキャピトルを襲撃し有罪となった約1600人に恩赦を与えた。事件で有罪となったほぼ全員で、中には野球バットなどで警官を負傷させた人物も含まれる。事件で警官が100人以上負傷し、事件後にショックから自死した警官もいる。

 この恩赦をめぐっては、民主主義の象徴である議事堂を襲ったにもかかわらず、犯罪者が釈放されることから、「法を超越する者はいない」という民主主義のルールを超えたと非難が上がっている。暴力を肯定すれば、その先にあるのは、暴力がまかり通る独裁につながる。

 他の大統領令では、「連邦職員は直ちに対面職務に戻る」とする。新型コロナウイルスによるパンデミック以降、定着していたリモートワークは、トランプ氏に急接近したマスク氏が嫌悪し、経営するテスラなどで出勤を強制していた反映だ。

「多様性・公平性・包括(DEI)」もトランプ政権の攻撃対象だ。多様な人種やジェンダーの積極的な雇用を進めるDEI担当の連邦職員は22日から有給休暇に入ると、ホワイトハウス報道官がX(旧ツイッター)に投稿した。就任式直後には、DEIを推進してきた女性の米軍幹部が「クビ」になっている。

 これはほぼ恐怖政治ではないか。一連の大統領令は「アメリカ・ファースト」を印象付けるもの。しかし、その集中射撃は、米国内にいる人々の多くが涙する内容だった。オリガルヒ、そして独裁政治はかつて、ロシアの専売特許だったが、今や米国もそれに加わりつつある。

(ジャーナリスト 津山恵子〈ワシントン〉)

※AERA 2025年2月3日号

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