それくらい流行っている。
寄席の楽屋で某兄さんが「うちの娘が今年成人式だったんだけどさー。直前にインフルエンザになっちゃってさー。1年前から晴れ着も美容室も予約してたのにさー。娘もカミさんもガッカリして口もきかなくなっちゃってさー。オレ、もうなんにも言えなくなっちゃったよー。なんか言うと逆鱗に触れそうでさー。もう最近は台所の片隅で一人寂しく焼酎飲んでるよー」とのこと。普段、家族愛的なものをいっさい感じさせないこの先輩が、娘の傷ついた心を案じている。そしていつものように一人で焼酎を飲んでいるという。いつものように。
それくらい流行っている。
少し誇らしげなニュアンス
しかし以前も書いたかもしれないが、私は20歳のときに罹って以来、27年間インフルエンザはとんとご無沙汰だ。毎年ワクチンを必ず打ってるわけでもないのに罹らない。べつに「オレは大丈夫」と過信してるわけじゃない。素直に運がいいだけなのだろうと思う。
それとは反対に、私の周りには必ずと言っていいほど毎年インフルエンザに罹る人がいる。しかもちゃんとワクチン打ってるのに。「打っていたからこんなもんで済んだんだ。ホント打っといてよかったよ(微笑)」なんて言いながら娑婆に出てくる。「打ったのに罹った」と語るその口ぶりに少し誇らしげなニュアンスが含まれているのはどうしてなんだろう?
「どうだ、オレに飛び込んできたウイルス。なかなかやるだろう? 」的な。「毎年のことだけど、今年もナイスファイトだったよ」的な。「なんかあいつ、いっつもオレの懐に飛び込んでくるんだよなー」的な。「まぁ、そんなに大暴れもしなかったし、これからもそんな感じで付き合っていくんだろうな(笑)」的な。「結局、来年もオレんとこ来るんだろうな、あいつ」的な。「やっぱりオレのことが忘れられないんだろうな、ンフフフフ」的な。