一部の自治体では学習塾への費用補助制度を実施している例もある。意欲のある子どもに平等な機会を与えたいという考え方だろう。
しかし、これが「私立向けの受験塾」に流用されれば、余計に公立と私立の差を拡大させるリスクも考えられる。そのため、安易に塾費用だけを助成するのではなく、まずは公立学校自体の教育環境を充実させることが先決ではないだろうか。
もちろん、塾や習い事を否定するつもりはない。しかし、少子化の中で「教育熱」が一部に偏り、家計の状況や地域特性が子どもの将来を大きく左右するのは、社会全体の視点から見て好ましい状況ではないだろう。
さらに、私立中学の中には小学校で習わない範囲を出題する学校もあるそうで、それが「塾必須」の風潮を助長している面もあるという。
公教育の中では、生徒たちを取りこぼさないことも必要だが、一方で学力を伸ばせる場の提供も必要なのではないだろうか。さもなければ、格差の連鎖を止めることはできないだろう。
正月二日に電車で塾へ向かう子どもたちの姿は、そんな課題を突きつけている気がしてならない。
未来を担う子どもたちが、自分の力を伸ばせる社会であることを、改めて願いたい。
※AERA 2025年1月20日号