襲われている時に考えていたこと
男は無言で近藤さんの腹の上に馬乗りになり、手首を押さえつけたり、強姦をたくらんでいたのかトレンチコートのベルトを外そうとしたりしてきた。近藤さんは必死に暴れたが、大の男の力には到底かなわず、肩や胸などを十発以上殴られた。男は終始淡々とした様子で一言も発さず、顔はフードに隠れてよく見えない。
事件の最中どんなことを考えていたのか、近藤さんはこう振り返る。
「ここで殺されるんだと思いました。パニックで頭がよく回らないのですが、死ぬことへの恐怖と、シングルマザーなのに13歳の息子と8歳の娘はこの先どうなるのかという不安だけが、ぐるぐると駆け巡っていました」
近藤さんに唯一できる抵抗は、声を出すことだけだった。「ぎゃー!!」と力の限り叫び続けると、男はおとなしくさせようと手で口をふさいできた。さらに口の中に指を突っ込んできたので、思いきりかみついた。
すると、近くの家で飼われていた犬が、叫び声に反応してワンワンと吠えはじめ、男は一目散に走り去っていった。永遠に続くかのように思えた攻防は、時間にしておよそ数分。路上にはバッグの中身が散乱しており、現金3万円が入った財布だけがなくなっていた。
近藤さんは事件現場から約100メートルの距離にある知り合いの焼肉店に助けを求め、店主夫婦の110番通報により、深谷警察署に保護された。警察官には救急車を呼んだほうがよいか何度も聞かれたが、「大丈夫です」と断った。
「顔や口の中が切れて少し血が出ていましたが、そのほかはどこが痛いのかよくわからなくて。でも事件直後は興奮状態だったので、アドレナリンで麻痺(まひ)していただけでした。日が経つにつれて、体のあちこちに打撲の痛みが出てきて、路面に打ちつけた背中には大きなアザがありました」