築50年のアパートの五号室に暮らした住人たちの物語。のようで、実は無言の「部屋」が主人公の長編小説だ。
 大家のどら息子・藤岡一平(1966~70年居住)から諸木十三(2012~16年居住)まで13組。彼ら彼女らは順番に登場しない(自前で住人年譜を作ってしまった)。
 たとえば、エアコンは誰が設置したのか。浴槽の微妙な漏水はいつからなのか。犯罪捜査の証人のように住人が登場する。その独特な感じがいい。住人たちは、障子戸を取り払うなどそれぞれ工夫して暮らすが、謎の男・三輪密人を除き、ふつうの女子学生、単身赴任者、若夫婦である。
 泣けたのは、病気で亡くなった奥さんが縫った雑巾を、後の住人が愛用する場面だ。「ふつう」が、こんなにいとおしい小説はなかなかないだろう。

週刊朝日 2016年8月12日号