それでも、89年のあの年、宮崎勤の事件が教えてくれたのは、幼い女の子に性的欲望を向けることが、いかに狂っているか、いかに危険か、ということだったのではないか。幼い子を狙う性犯罪は迷わずに警察に突き出すべきなのだと、少なくとも、そういう意識が社会に共有されたと私は思っていた。

 それなのに、どうなのだろう。

 この35年、この国を生きる女の子たちが安全になったとはどうしても思えない。

 児童ポルノなどの表現物への規制は進んだ一方で、2次元やAVなどの表現物では、幼女への性的欲望や暴力は表現の自由として認められている現実がある。いやむしろ、35年前よりもずっと、「成人男性による幼女への性的欲望」というものは、あからさまに、暴力的に、表現として、ビジネスとして成立し流通している現実がある。

「宮崎勤の被害者です」

 そう伝えてきた女性に、どのように返事をしていいのか私はわからなかった。わからないながらも、私は自分のことを書いた。あの年、89年のあの年に、私の人生も変わったのだと伝えたかった。

 私は女性向けのセックスグッズのお店を96年に始めた。

 どうしてそんなお店を始めたのか? 30年も前に? と聞かれることは多い。その時に私は、89年に逮捕された、女子高生コンクリート詰め殺人事件と宮崎勤の事件を話してきた。10代の最後に報じられた事件が、私を、性とフェミニズムの世界に強烈に引っ張ったのだ、と。女の子が女の子ゆえに殺される社会はいやなのだ。女の子が安心して生きられ、安心して性を語って楽しめる社会を生きたいと思った。そんな話を彼女に伝えた。

 35年経っても終えることができない世界。私たちにはまだまだ語らなければいけないことがある。

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