子どもに起きるピンチを描き大ヒットしている絵本『大ピンチずかん』。会社員やグラフィックデザイナーを経て、絵本作家としてデビューした鈴木のりたけさんが、手がけた絵本『大ピンチずかん』にまつわる話を披露した。AERA 2023年4月17日号の記事を紹介する。
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「生きていれば100パーセント幸せなことばかりじゃない。誰にだって、嫌な失敗は起こる。逃れたくても逃れられないんですよね」
今年2月、ある有名絵本作家が授賞式の壇上でそう語り、自らのこんな「大ピンチ」を紹介した。
一人で車を運転して、コインパーキングから出ようとしたときのことだ。精算機の前で車を止めて初めて気づいたのが、「お札の利用不可」だった。祈る気持ちで財布を開けたが、こういうときに限ったあるあるで、小銭は数枚あるだけでぜんぜん料金には足りない。
今どき、クレジットカードやバーコード決済くらい使えないなんて……。そうひとり怒りを抑えながらとにかく車をバックさせようとミラーを見た。と、よりによって黒塗り高級車が、自分の車の後にピタリとついているじゃないの。
黒塗りに少しバックしてほしいと声をかけるために車から出ようとしたが、慌てているので自分の車のドアを精算機に思い切りドン! 続いてドアが開くように車を少しだけ動かすつもりが、今度はサイドミラーを精算機にゴリゴリ。でもそんなこと構っているヒマはない。一刻も早く、黒塗りを運転するコワモテの中年男性に事情を説明せねば!
そうして息も絶え絶えで車と精算機の数十センチの隙間から身体をねじりながらようやく脱出しかけたところで、今度は肩が何者かに引っぱられているのに気がついた。シートベルトを外し忘れてる。やり直しっ!
などなど、絵本作家がひとり車のなかで、見えない何かと闘っていることに気がついてくれたのだろう。黒塗りの男性はお願いする前に気を利かせて、バックして道を空けてくれた。