撮影/戸嶋日菜乃 ヘアメイク/大宝みゆき
撮影/戸嶋日菜乃 ヘアメイク/大宝みゆき

「そうか、舞台上で見せるものは差異なんだ」と知った成河さんは、それから舞台で体を動かすことが楽しくなった。

「以来、それまで自分をスポーツで負かしてきたやつらへの復讐劇が始まるんです(笑)。その考え方を教わったのは20代後半でしたが、演劇ではいろんなトリックが使えることで、さらに演劇が楽しくなりました」

 では、発声や音楽のスキルはどうなのだろう?

 地声の大きさを自認する成河さんだが、そこにも演劇にのめり込んでいくきっかけとなる出会いがあった。

■つかさんに野性的に鍛えられた

「そこは、つかこうへいさんに鍛えられました。もう血へどを吐きながら、喉をガラガラに壊して強度を増していったんです。これからの時代は、もうあんなやり方は通用しないと思いますけど……」

 そんなスパルタな洗礼を最初に受けたのが、「北区つかこうへい劇団」のオーディション。

「ステージの上に、100人ぐらい並ばせて、『自分の名前を大声で叫べ』って言われるのですが、何度も何度もひたすらに自分の名前を叫んでいる最中、劇団の重鎮の先輩が叫ぶ『聞こえねーよ!』という一声が、その100人の声をかき消すんです。そこにも、実はトリックがあって、先輩だけは、声が通る方法を実践しているんだけれど、こっちは、『なんであんな声が出せるんだろう』って打ちのめされて。理屈じゃなく、野性的に鍛えられていきましたね」

 6~7月に上演される舞台「ある馬の物語」では、主人公の馬の役を演じる。ロシアの文豪トルストイの小説の舞台化で、人間という愚かな生き物と思考する聡明な馬とを対比させ、人間の飽くなき所有欲に焦点を当てる。

「トルストイが1880年代に書いた小説を、1975年に舞台化したものを、白井(晃)さんが新演出で立ち上げてくださるんですが、最初に脚本を読んだときに、現代の僕たちにとって所有とは何かということを、すごく考えさせられました」

 実は、この舞台は3年前に上演されるはずだったのが、コロナ禍での緊急事態宣言により、やむなく上演を断念。3年の歳月を経て、ようやく上演の運びとなった。

「今の僕たちは、所有の感覚が無意識化しています。でも、今こういった作品を上演することで、舞台上と観客席で、『所有』について話し合えるとしたら、それは素晴らしいことじゃないかと思うんです。演劇の魅力の一つは、難解で深遠なテーマであっても、生身の人間が演じることで、劇場が生命力と躍動感で満たされていくこと。僕ら自身も、観てくださった人も、何らかの形で視界が開けていく。そんな演劇になりそうな予感がしています」

(菊地陽子 構成/長沢明)

※記事の前編はこちら>>「演劇界の総合格闘家・成河が語る悔しさ “修業の場”扱いされる舞台」

週刊朝日  2023年4月21日号より抜粋

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