ジェンダーレスとY染色体
私が専門とするY染色体の研究について、メディアから取材を受けることがしばしばあるのですが、これまでに特に多かったのはこんな質問です。
「最近の男性の女性化は、Y染色体の退化の影響なのでしょうか?」
質問の文言は、その時々の流行によって変遷があります。
少し前でしたら「草食系男子ではY染色体が退化しているのでしょうか?」でした。これが時代とともに「ジェンダーレス男子」や「メイク男子」に置き換わり、男性のファッションの変化や、恋愛観・結婚観の変化までもが、「Y染色体の退化と関係があるの?」とみなさん疑問に思うようです。
これらの質問に対する正確な答えは、「Y染色体の退化との関連を裏付けるデータがないのでわからない」です。
例えばですが、ジェンダーレス男子とよばれる男性のY染色体の大きさや遺伝子の数をカウントしたような研究報告はありません。ですので「わからない」が正しい答えなのですが、これだけでは満足してもらえないので、「単なる私の予想ではあるのですが」と前置きをつけて「関係ないのでは?」と答えています。
Y染色体の退化(遺伝子を失っていく進化)は、長い時間のスケールでおきます。「草食系男子」という言葉が世に出たのは2006年頃といわれており、10年、20年といった短い時間のスケールで、急に日本人男性に限定的にY染色体退化の影響が出た、とは考えにくいのです。
私たちの脳が、もって生まれた染色体や遺伝子、ホルモンなどの影響を受けていることは間違いありません。しかしここまでお話ししたように、これらによってつくられる性差を上回るほどの個人差が脳にはあります。
また、脳は環境によって変化していくものです。
ですので、Y染色体が退化(進化)しているためというよりは、時代の流れに応じて変化する脳が、これまでの固定観念的な性にとらわれない個人の表現方法や価値観を生み出していることの表れではないでしょうか。