この2冊以前にも、芸人自身によるお笑い分析本は存在する。ここ最近で最も話題になったのは、ナイツの塙宣之の著書『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』(集英社新書)である。この本では、一問一答形式で塙が漫才や『M-1』に関する持論を述べている。この本がベストセラーになったことで、芸人のお笑い分析本の市場が切り拓かれた。

 ナイツは『M-1』で優勝こそしていないものの、決勝には3回進んだ経験があり、漫才の実力は折り紙付きである。東京の寄席を中心にして地に足のついた活動を続けてきた彼らの漫才は、幅広い世代に支持されている。そんな塙の本も現代の漫才のあり方を知る上で必読の一冊であると言える。

バイブル的存在の島田紳助の講義

 これらの本が出るよりも前に、業界内で「漫才のバイブル」として密かに語り継がれてきたのが、2007年発売のDVD『紳竜の研究』に収録された島田紳助の講義である。

 このDVDには、紳助がお笑い養成所「NSC」で行った特別限定授業の模様が収められている。1980年に起こった漫才ブームを牽引したキーパーソンの1人であり、『M-1グランプリ』の発起人でもある彼は、石田やくるまと同様に、お笑い界きっての理論派として知られていた。

 そんな彼が、芸人志望者たちの前でたった一度だけ講義を行い、芸人として売れるための方法、漫才の作り方、『M-1』で勝つための方法について赤裸々に語ってみせたのだ。

 その内容は「お笑い論」「漫才論」として説得力を持っているだけではなく、「ビジネス論」「人生論」としても応用できるような密度の濃いものだった。2024年現在でも、彼が語っていた理論や哲学は全く古びていない。

「お笑いは理屈では語り尽くせない」という通説もあるが、個人的には「でも、理屈で語れる限りのことは理屈で語り尽くせる」という事実の方が興味深い。石田やくるまをはじめとして、分析力に長けたプロデューサー的な視点を備えたプレーヤーが増えていることによって、『M-1』などのお笑いコンテストは高度な頭脳ゲームと化してきている。

 でも、結局のところ、最も賢い者が勝つわけではなく、最も面白い者が勝つ。漫才論の市場が飽和状態になりつつある今年の『M-1』では、どういうタイプのチャンピオンが現れるのだろうか。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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