作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
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 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 7月の英総選挙で「大勝」したスターマー首相の純支持率(支持率から不支持率を引いて算出)が、すでに45ポイント落ち、マイナス26%となって、保守党党首のスナク前首相より低かったとガーディアン紙が伝えた。

 原因の一つは、早くも「緊縮2.0」と呼ばれている政策だ。英政府は、年金生活者に支払われる冬季燃料費補助を、一部の低所得者を除いて事実上廃止する。物価高と光熱費高騰で生活費危機が広がり、「HEAT OR EAT(暖房か食事かどちらかを選ばねばならない)」が流行語になった近年、高齢者にとっては重要な生活費の補助だった。保守党もできなかったことを労働党がやる。

 さらに、首相は「フリービー(広告宣伝などの目的で無料提供される商品やサービス)」スキャンダルの渦中にある。2019年以降、スターマーは、最も高額のフリービーを受け取っていた下院議員だったとわかった。それらは、総額で10万ポンド(約1900万円)を超えていたという。高級ホテル宿泊費、衣服、スポーツ観戦チケットなど多岐にわたり、眼鏡だけで総額約2500ポンド(約48万円)になるらしい。

 ユーチューバーから政治家まで、影響力ある有名人がフリービーを貰っていることなんて今どき誰もが知っている。それでもスターマーが批判されるのは、清潔なイメージだったからということ以外にも理由がある。

 補助金を切り、増税を行う緊縮財政で国民にさらに我慢を強いることを「苦渋の決断」「物事は良くなる前に、悪くなる」と説明しながら、自分はちっとも苦渋や悪い状況を体験していないように見えるからだ。まるで「下々は緊縮、上層はフリービーでぬくぬく」な社会構造を、「しょうがないじゃん、そうなってんだから」と肯定し、自ら進んでその一部になりたがっているかのようだ。

「しょうがないじゃん」は緊縮についても同じだ。保守党が10年以上続けて財政を改善できなかった経済政策を、なぜコピーするのか。労働党寄りのガーディアン紙さえ「財政ルールを緩めろ」と政権に呼びかけている。「無い袖は振れない」で思考停止する政治では、支持率も社会の明度も下がるばかりだ。

AERA 2024年10月7日号