今年三月の末、カミツキガメが大繁殖している、というニュースが大きく報道されました。場所は千葉県の印旛沼水系一帯。ここは日本国内ではじめてカミツキガメの繁殖が確認され、駆除活動を行なっていた地域ですが、10年前の調査で1000匹程度だったものが、直近2015年の調査解析で一気に16倍の1万6000匹に増殖しているとわかり、衝撃が走りました。でもこのカミツキガメって、一体どういう動物なのでしょうか?繁殖が拡大すると、どういうことになるのでしょうか。

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故郷は北米・かわいかったコモン・スナッパー

名前からして凶悪そのもののカミツキガメ。実際、子供の指など簡単に引きちぎるほどの顎の力があり、何とも恐ろしいですよね。
カミツキガメの仲間はカナダからエクアドルにかけての中北米大陸が原産地。ホクベイカミツキガメ、フロリダカミツキガメ、チュウベイカミツキガメ、ナンベイカミツキガメの四亜種があり、日本には1960年代、ホクベイカミツキガメとフロリダカミツキガメの子亀が「コモン・スナッパー(COMMON SNAPPER)」という名で輸入され、1990年代中頃まで安価に流通し、飼育数が増えていきました。ちょっと海亀っぽい子ガメの姿は愛らしく、人気があったようです。
でも成長すると甲長50cm以上、全長1メートル、体重は30kg以上にも達し、気性が荒くもてあました飼育者が遺棄したことから、自然環境で繁殖するようになってしまいました。
背甲(背中側の甲羅)には3本のわずかな隆条(突起列)があり、甲羅の後端がぎざぎざに切れ込みになっているのが特徴の一つ。四肢は強靱で太く、鋭く大きな鍵爪があります。成長した個体は鱗が松かさ状になっていて、まさに怪獣のよう。尾もまた特徴的で普通のカメと比べると体調比で二倍近い長さがあり、これまた怪獣のようなぎざぎざのひれがあります。この尻尾はカミツキガメの見分け方のポイントで、成長途上の年齢が若い小型の個体でも、在来種のイシガメやクサガメとは尻尾の長さで容易に見分けることが出来ます。
腹甲(おなか側の甲羅)も非常に小さく、ひっくり返すとレオタードのよう。手足が大きく露出しています。頭部や手足を甲羅の中に完全に引っこめる防御体勢を取れないために、彼らは過敏に反応し、攻撃的な行動で身を守ろうとするのでしょう。また、釣り人の話によると、陸で危険が迫ると独特の刺激臭を発して敵を撃退することもあるそうです。
繁殖期間は5月下旬~6月中旬。雌雄は水中で交尾し、その後雌は10~15cmほどの深さの穴を掘り、直径23~33mmのピンポン玉のような丸い卵を産みつけます。55~125日で孵化。一度の産卵数は甲長20センチの若い個体では20個ほどですが、30センチを越えた成熟した個体では50個を超え、稀に100個になることも。
孵化した子ガメが成熟するまでには約5年。寿命についてははっきりとはわかっていませんが、概ね亀は長寿で、カミツキガメも50年以上、80年くらいは生きるともいわれていて、長寿であることが遺棄の理由にもなってしまっているそう。
食性は雑食で、ネズミなどの小型哺乳類から亀やカエル、魚、エビやカニ、昆虫類などの動物全般、水草の茎や葉、花や藻などの植物まで何でも食べ、食欲も旺盛。加えて、アメリカ大陸では大型の肉食動物(ピューマ、コヨーテ、オオカミなど)やワニがカミツキガメの天敵となり繁殖を抑制されていますが、日本にこれらの天敵動物はいません。このため、大繁殖による食害や自然の生態系破壊が強く懸念されているのです。

かみつく? 襲われる? 本当にカミツキガメは危険なの?

カミツキガメが自然状態で確認されたのは、1978年佐倉市の河川でのこと。その後2000年代に入り自然繁殖が印旛沼流域で確認され、平成16年(2004年)に施行された外来生物法による「特定外来生物」に指定され、輸入、飼育、繁殖、売買、譲渡が全面禁止されることとなります。現在、違反者には3年以下の懲役や300万円以下の罰金など重い刑罰が科せられる場合もあり、実際に違法に販売していた業者や、届出せずに飼育していたブリーダーが逮捕・送検されているケースもあります。例外的には特定外来生物指定される以前から飼育していた場合は、届出をしたうえで、適切な飼育環境で繁殖をさせず一代限りの飼育が認められています。
現在、日本の各地で目撃や捕獲が相次いでいますが、自然繁殖が確認されているのは千葉県印旛沼水域と、静岡県狩野川水域の二箇所。特に印旛沼水系では、捕獲事業を始めた07年度当初は捕獲数200匹前後で推移してきたのが、15年度には793匹に跳ね上がりました。生息数の増加が疑われたため捕獲データをもとに印旛沼水系の生息数を算出したところ、04~05年度の調査で約1000匹とされていたものが約1万6000匹まで急増していたというわけです。
どうして印旛沼流域で大繁殖したのでしょうか。487.18 km²の広大な流域には大小の湖沼や水路など住処が無数にあり、草が生い茂り、かつカミツキガメが好む、よどみや緩やかな流れがほとんど。彼らには故郷のアメリカの湖沼地帯のようで住み心地が抜群なのかもしれません。餌も豊富で、カミツキガメだけではなく、在来種からミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)なども個体数が多く、亀天国ともいわれています。今後、似たような環境の地域は、早めに対策をしておくことが肝要でしょう。
生息数を減らすためにはメスだけで年間1250匹以上を捕獲する必要があり、現状では不可能。そこでメスの個体に小型発信機を付けて産卵期の行動を詳しく追跡し、卵から効率的に捕獲して増加を抑える、川などに設置する罠・捕獲人員も大幅に増やすなど、全面作戦が展開されるようです。
でもこれでうまく行くという保証はなく、今後も増えていく可能性は充分にあります。近隣住民にとっては怖いと思うかもしれませんね。カミツキガメは非常に動きが俊敏です。特に陸上に上がったときは警戒心が強く、また頑丈な四肢を立て気味に歩くのでその気になればかなりのスピードで移動します。目の前に近づいたものに瞬時に咬みつく習性があり、首は想像以上に長く伸び、後ろに廻って甲羅をつかめば大丈夫、なんて思っていると余裕で首を背中に回して噛み付くことが出来るのです。
ただ、偏見を持ってならないことは、こうした危険な能力があるとはいえ、実はカミツキガメはとても臆病な動物。人間がちょっかいをかけなければ、彼らのほうから攻撃してくるということは決してありません。
これから訪れる繁殖期には産卵のために陸上に上がってきます。人間のほうも釣りやサイクリングなど水辺に出かけることが多くなる時期。遭遇することも多くなりますが、もし見かけてもいたずらなどをしないようにしましょう。

印旛沼・千葉県
印旛沼・千葉県

実は美味しい? 本場のアメリカではカミツキガメをどう食べてる?

それにしても、増えすぎたカミツキガメ、駆除するだけではなく何とか利用する方法はないのでしょうか。
カミツキガメの故郷は先述したとおり北中米大陸。英語ではsnapping turtle。肉食系のアメリカの人々は、当然身近なジビエとしてカミツキガメを捕らえては食べているようです。どう調理してるのでしょう?
レシピを見てみますと、たとえば、スパイシーな衣をたっぷりつけてフライドチキン風にあげたもの、ミルク煮やポトフ風などの「カメスープ」、蒸し煮、パン粉をまぶしてグリル焼きなどさまざま。中には小麦粉をつけてあげたカメ肉を黒酢餡風のソースで合え、葱を散らしてライスに盛るというオリエンタルな料理まであって、これなどなかなかおいしそうでした。
日本で食べてみた方の話では、汚れた場所で捕った個体は黒味が強く、臭みがかなりあるが、そこそこきれいな水場のものはとてもおいしくて、すっぽんよりもこくがあるとか。
また、カミツキガメのタマゴも冷凍して売られていて、なかなかの高値で取引されているようです。こちらはゆで卵にするのか、あるいはオムレツにするのでしょうか。
日本でも最近は人気が高いジビエ料理。ましてスッポンを食べる風習もありますし、どうにか食べて数を適切に減らすということはできないものなのでしょうか。
ちなみにアメリカの場合、ケイジャン料理(ルイジアナ州ニューオリンズ近辺のフランス移民と土着料理とが合体したアメリカの郷土食)ではカミツキガメやワニガメをよく使うため、食べつくされてワニガメの数が激減しているという話も聞きます。
また、snapping turtle festivalなるカミツキガメをどれだけ早く殺せるかを競うというひどいイベントもあるとかで、彼らにとっては故郷も決して安住の地ではないようですが。

日本人は、亀大好き民族。亀を吉兆福徳の象徴として親しみ、寺社の池には亀がいるのもよくみる風景。そして戦後は怪獣映画「ガメラ」が大ヒットし、男の子たちは身近な怪獣のミニチュアとして、亀に夢中になりました。祭りの縁日のミドリガメも、ヒヨコなどとともに大人気でした。
決してそれが悪いことではないのですが、こうした亀フェチの多い背景の中でカミツキガメも大量に持ち込まれて飼育され、やがて捨てられて必死に異国の環境でサバイバルしてきたのです。もとはいえば、安易に外国種を輸入し、飼育して無責任に捨てた私たち人間の身勝手によるもの。彼ら自体が本当は被害者だということを、忘れてはならないのではないでしょうか。捕らえられたカミツキガメは、冷凍されて凍死させられるそうです。遠い異国で賢明に命をつないでたのにと思うと不憫にも思います。
いたずらにこわがったり悪者にするのではなく、カミツキガメの性質や生態をよく知り、共存できるのかできないのか、できないとしたらどう効果的に捕獲し、その後どう処置するか。今からでも知恵を出し合うべきではないでしょうか。