チリの著名なジャーナリストの夫、アウグスト・ゴンゴラと、国民的女優の妻、パウリナ・ウルティア。20年以上連れ添ってきた二人はいま新たな局面を迎えていた。夫のアウグストがアルツハイマーを患ったのだ。それでも愛とユーモアを大切に暮らす二人の日々を追ったドキュメンタリー「エターナルメモリー」。プロデューサーも務めたマイテ・アルベルディ監督に本作の見どころを聞いた。
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アウグストとパウリナに出会ったとき「こんな人たちを見たことがない!」と思いました。病と共に生きながらお互いへの愛を保ち、社会との繋がりを持ち続けている。チリではアルツハイマー患者を隠したがる家族が多く、社会から孤立しているケースが多いのです。
最初はパウリナに撮影を反対されました。アウグストは多大な功績のあるジャーナリストで、彼の最善ではない状態を記録するのはどうかと。気持ちは理解できました。でも最終的にアウグストが彼女を説得しました。ブランチの席で彼は力強い言葉で言ったのです。「私は独裁政権下で何年もカメラを回してきた。人々は自分の痛みやつらさについて胸襟を開き、カメラの前でシェアをしてくれた。だから自分もいまそうすべきだ」と。
周囲に「撮影はつらくない?」と心配されましたが、本当に一度もそう感じませんでした。二人は終始ハッピーなカップルで肉体的につらい状態になっても二人の間にあるよい雰囲気は変わらず、病気に対してこういうアプローチもあるのか、と驚かされました。
アウグストは今日の日付も、昨日何をしたのかも覚えていません。でも独裁政権下で命を奪われた友人のことは決して忘れなかった。パウリナへの愛も同じです。私は撮影を通じて「人は何を憶えているのか」を学びました。それは感情や体に刻まれた愛や痛みの記憶です。アウグストは撮影後の2023年5月に亡くなりましたが、最後まで自分のアイデンティティーを忘れることはなかったのです。
私は前作「83歳のやさしいスパイ」同様に「老い」「もろさ」など人々が隠しがちなものを掘り下げ、分かち合いたいと思っています。それによって人は痛みも悲しみも「自分だけじゃないんだ」と感じられるのだと思います。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年9月2日号