映像の歴史をふり返れば、映画もテレビも、ほぼ正方形からどんどん横長に拡張してきた。これは、人間の視界に近くなるよう映像技術を開発していったことを意味する。人間の視界に技術を追いつかせようとしてきたわけだ。それがいまは逆方向に向けての変化の兆しが現れている。だから縦型映像の隆盛は画期的ではある。と同時に、スマホ側に縦に持たなくてもいいようなイノベーションが起これば、縦型映像の需要は消えるだろうとも仮定できる。

「オイシイとこだけ楽に見たい」視聴者たち

 しかし、そうだろうか、と僕はふと思い直したりもする。映像作品を見る人間の意識は、濃い中心から両端に向けて淡くグラデーションを伴いながら広がっている。しかし、縦型映像の場合、左右の情報はカットされ、目から入る情報量が限定されている。つまり、鑑賞者は中央だけを見ていればよい。これは「見る」という欲望が「もっと見たい」という能動的なものから、「オイシイとこだけ楽に見たい」というやや受容的なものに変容していることを意味しているのかもしれない。

 実際、さまざまな分野で、濃厚でダイレクトなメッセージを排し、楽に享受できるようなコンテンツが増えている。これは生き残りをかけて、マーケットにスタイルを変容させている結果なのかもしれない。そのような大勢とは無縁の作品を書いている僕は、そうでないことを祈っているのだけれど。

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榎本憲男

榎本憲男

和歌山県出身。映画会社勤務の後、福島の帰還困難区域に経済自由圏を建設する近未来小説「エアー2.0」(小学館)でデビュー、大藪春彦賞候補となる。その後、エンタテインメントに現代の時事問題と哲学を加味した異色の小説を発表し続ける。「巡査長 真行寺弘道」シリーズ(中公文庫)や「DASPA吉良大介」シリーズ(小学館文庫)など。最新作の「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)は、オール讀物(文藝春秋)が主催する第1回「ミステリー通書店員が選ぶ 大人の推理小説大賞」にノミネートされた。(写真:中尾勇太)

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